座敷童のいる暮らし
はいいろ。
座敷童のいる暮らし
「お!おかえり。今日も遅かったな。もう20時だぜ。
それで、今日の晩御飯なに?」
ある日、俺のアパートに座敷童が住み着いた。スウェット姿で前髪をバンドで押さえ、布団の上でお笑い番組を見ている。おかっぱ頭で着物を着ているイメージとは程遠いが、本人は座敷童だというのだ。童というわりに、高校生くらいに見えた。顔立ちは中性的で性別はよくわからない。
残業続きで疲れていた俺に、料理をする気力は残っていなかった。鍋に火をかけてインスタントラーメンの袋をあけていると、座敷童が様子を見に来た。
「えー、またインスタントかよ。しけてんなあ。そんなんばっか食ってるといつか体壊すぜ。ワシはな、もっとこう、手の込んだ家庭料理を食べたいんじゃ」
座敷童は頬を膨らませて不満を垂れた。俺は無視してどんぶりを2人分用意した。
「なあ、卵は半熟にしてくれよな。あと冷凍のほうれん草があるぞ。チャーシューはどうする?」
自分の分のラーメンも作ってくれているとわかると、今度は打って変わって嬉々としている。俺は冷蔵庫から卵とほうれん草を取り出した。
「あれ?チャーシューは?チャーシューはどうすんのよ?」
初めてコイツがうちに来たのは3か月前だ。仕事が終わって家に帰ったら、コイツが俺の布団で寝ていた。もちろん、俺はすぐに警察を呼んだ。けど、どうも俺以外にはコイツが見えないらしい。俺は警察から頭のおかしい迷惑な住人のような扱いを受け、こいつが正真正銘の座敷童だと認めざるを得なくなった。「絶対に出ていかない」と駄々をこねられ、俺は渋々コイツと暮らす羽目になった。
「いやあ、満腹、満腹。空腹は最高のスパイス、ってね。短時間でこんなうまいもん作れるなんて、時代は進歩したもんじゃ。今度はチャーシューも入れてくれよな」
ラーメンを食べ終わった座敷童は、いつもの軽い調子で尋ねてきた。
「……それで、今日は何があったの?」
俺が今日の出来事を話すと、座敷童は腹を抱えて笑い始めた。
「いや、お前の上司はマジで頭悪いな。なんで時間外に“有給消化”について会議をするんだよ、本末転倒だろ」
座敷童はひとしきり笑い終えると、涙を拭きながら言った。
俺はそのまま上司の愚痴をこぼした。
自分では何も決められず何でもかんでも会議で決めようとすること、突然の思いつきで計画もなく企画をはじめて途中で行き詰まると部下に丸投げすること、自分で指示したことをすぐに忘れて矛盾した話ばかりして部署内を混乱させていること、そういう状況を一切理解せずむしろ自分はよくできていると思っていること――――など。
前に話したことがある内容もいくつかあったと思う。
座敷童はじっと俺の目を見つめたまま、要所要所でうなずいたり笑ったりしながら話を聞いてくれた。
「お前の本当に人生ついてないね。上司ガチャ、大外れじゃん。
いやあ、人間っていうのはいつの時代も難儀なもんだね。ワシはもう何百年と人間社会を見て来たけど、いつの時代にもそんな奴がいて、そうすると必ずおまえみたいな振り回されてるやつもいたよ」
頬杖をついて座敷童は続ける。
「でもさ、考えてもみろよ。そいつは頭が悪いんだ。可愛そうなくらい頭が悪いんだけど、人並みに欲はあって、偉くなりたい。足りない頭を使って、馬鹿なりに頑張ってんだよ。俺はそいつが哀れでならないね。そういう境地だ」
座敷童は、哀れ、と発したあたりで悲しげに天井を仰いぐなど、相手を小ばかにするような仕草をいれてくる。
「もうそいつは自分じゃどうすることもできないところまで来ちまったんだ。登れば登るほど道は険しくなって、能力が足りなくて今の自分のままだとこれ以上先に進むことができないのに、まだそのことにすら気が付けないほどの大馬鹿なんだよ。もう自分では降りることもできないくらいの高さにな」
言い終えると、座敷童は右手の箸で俺を指し、しっかりと目を見つめてこう言った。
「だからさ、憐れんでやるんだよ、ああ、可哀そうな人だなって。そんでさ、自分はこうなっちゃいけないなって、この人のおかげで自分は進んじゃいけない道を知れたことに感謝するんだな」
終始おちゃらけた調子ではあったが、座敷童の言葉に俺は少し鬱々とした気持ちが軽くなった。
残りの仕事を済ませてしまうか。そう思って、俺は食べ終わったどんぶりを下げて、ノートパソコンを開いた。
「ところでさ、前から言いたかったんだけど、もっと早く帰ってこれないの?ワシ、いっつもこんな時間まで腹ペコで待ってんだぜ」
それから、座敷童との共同生活が1年以上続いている。
俺は仕事帰りにスーパーで買った食材を袋に下げて帰宅した。
「お!おかえり!今日は何を買ってきたの?」
座敷童は相変わらずスウェット姿でごろごろしながら俺の帰りを待っている。
「おお!うまそうな魚じゃん!どうすんのよこれ、どうすんのよ」
期待に満ちた瞳を俺に向ける。俺は手洗いをしたらエプロンをつけて、ぶりの照り焼きを作った。昨日の夜に作っておいた茗荷の酢漬けを添えて食卓に置く。もちろん、向かいには座敷童がいる。
「いただきまーす」
胡坐をかいて両手を合わせた座敷童と一緒に食事をする。テレビでは19時のニュースがはじまるところだ。俺はご飯を食べながら、今日の出来事を座敷童に話す。座敷童は俺の作った飯をうまそうに食いながら、俺の話を聞いてくれる。座敷童も座敷童で、今日テレビで見た面白い話やその日に観察したことなどを話してくれる。
「なあ、今日の夕焼け、すげえきれいだったんだぜ」
目を輝かせながら語る。そんなこと、俺は気にしたこともなかった。そのあと、近くのコンビニの猫の話を嬉しそうに話し続けた。嘘かホントか、猫の言葉が分かるらしい。
「ところでさ、今週末はどこに連れてってくれるんだ?」
食事を終えて俺が食器を洗っていると、座敷童が尋ねてきた。最近、休みの日は二人でどこかに出掛けることが多くなった。きっかけは座敷童がテレビで見たイベントに行ってみたいと言い出したことだった。俺は休みの日くらい何もせずに寝ていたかったのだが、しつこくせがまれて渋々連れて行ったのだ。家の中に閉じこもってばかりだった座敷童にとって、それは随分と楽しい出来事になったらしい。アパートと職場の往復ばかりだった俺にとっても新鮮な体験になった。
座敷童が来たからといって、何か変わったわけではない。職場は相変わらずブラックだし、収入が増えたわけでもない。なんなら、コイツの世話をする分、手間が増えた。あまり残業もできないし、飯もちゃんと作らなきゃいけない。週末はこいつを連れて出かけるから、平日の疲れをあまり残さないように早く寝る。
本当に何も変わってないはずなのに。
気づけば俺は、こいつのために暮らしている。
……なんだか、悪くないかもしれない。
座敷童のいる暮らし はいいろ。 @hai_iro08
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