コラム② 博士の旅路〜調査に同行〜
博士の旅路 〜調査に同行〜
マニラ港にて
調査航海の前夜、私たちはフィリピン・マニラの下町にある寿司屋を訪れた。看板には「Sushi Manira」と手描きの文字。観光客向けというより、地元の人々に愛されているような小さな店だった。
カウンターに腰を下ろすと、店主は慣れない手つきながら心を込めて握りを出してくれる。マグロの赤身は、港町らしい新鮮さに溢れていた。
「こういう寿司が一番いいんだよ」
喪黒博士は嬉しそうに箸を取り、赤身を口に運んだ。
「脂が乗りすぎると、魚の声が聞こえなくなる。赤身は正直だ。正直な魚は、まだ人と語り合える」
博士の言葉に調査班の誰かが笑い、誰かは首をかしげた。だが博士は本気の顔だった。
その横顔を見ながら、私は思った。この人は寿司を食べるのではなく、寿司に宿る“何か”を確かめているのだ、と。
──おそらく、このとき行われた博士へのインタビューが、後に「喪黒博士のQ&Aコラム」として編集部に送られたのだろう。
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出航、そして異変
翌朝、我々はマニラ港を出て、北太平洋へ向けて船を進めた。海況は穏やかで、風も追い風。計測機器は安定しており、順調な航海に思えた。
調査班は器材を点検し、次の海域での観測計画について談笑していた。博士も甲板で穏やかに煙草をふかし、実に静かな時間が流れていた。
だが、午後に入ったころだ。
水平線に、巨大な“穴”が口を開けているのを我々は見た。
海面が消えていた。
そこだけ海水が落ち込み、陽光を反射せず、暗黒の円環となって広がっている。渦ではない。波ではない。まるで世界そのものが削り取られたかのような虚ろだった。
「おい、なんだ……あれは……!」
「地震か? いや、違う、落ちている……海が“抜けて”いる!」
調査班の誰もが顔を青ざめさせ、退避を叫んだ。だが、喪黒博士だけは動じなかった。
双眼鏡を下ろし、深い吐息をつき、まるで待ち望んだ再会を前にしたように微笑んでいた。
「──あの先にいるんだよ。“ヌキホソマグロ”が」
その声音は祈りにも似て、長年の旅路の果てに辿り着いた者の確信に満ちていた。
世界のマグロ図鑑 悪食 @Aquzik1
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