トラック寄生虫

青柴織部

トラック寄生虫

 9月の終わり。

 車椅子に乗った少女と、その車椅子を押す青年がのんびりと散歩していた。

 夕暮れの空の端は群青に染められており美しいグラデーションが頭上に広がっている。昼間とはまた違った顔色を建物は浮かべており、どこか知らない土地へ迷い込んだかのような錯覚を起こす。


「――じゃあ待ってくださいよ鯉子さん。その理屈だと絶対に貫く槍と絶対に防ぐ盾がぶつかり合った結果、この世界が生まれたってことになりません?」

「そうね、非常に難しい問題だけど桑津くんの頭がおかしいということで話は丸く収まるわよ」

「なーんだ」


 ノスタルジックな風景の中を進んでいると、やがて幹線道路にぶつかる。

 普段なら道路に沿ってしばらく散歩を続けるのだが、どうも今回はそのルーチンがこなせないようだ。

 歩道には警官が何人か立っており、やたらと物々しい雰囲気だ。中には警官のコスプレをしたおっさんもいるがバレてボコボコにされている。


「え、なんでしょうあれ」

「ああ、もうそんな季節なのね」


 疑問と納得が交差した。


「鯉子さん、ご存じなんですか?」

「そっか、桑津くんは黒和県に来て日が浅いんだっけ。あれは『トラック寄生虫』対策よ」

「『トラック寄生虫』!?」

「黒和県を流れる川に住む寄生虫よ。車に寄生するために人を宿主にして、車とぶつからせるという――まあ、カマキリを水場に追いやるハリガネムシみたいなものね」

「へー。スケールがデカくなると最悪さが増しますねえ」

「ぶつかる車はトラックが多かったからそう名付けられたの。だいたい無罪になってるから大丈夫よ」


 とはいえ、黙って見ているわけにもいかない。

 黒和県警にとって試練の季節である。


「車に寄生したらどうなるんですか?」

「さあ。車検が通らなくなるのは聞いたことあるけど」

「有害ですね」


 のんきに話し合うふたりの横を抜けて女性が雄叫びをあげながら道路に飛び出そうとする。それを警官が投網で止めた。

 入れ歯をカスタネットのように叩きながら走る老人もボーラを投げて止めた。

 最後に全裸の男が来て、拳で止めた。


 忙しくする国家権力を眺めながらふたりはもと来た道を戻る。


「夕飯は何にします?」

「お中元でそうめんが大量に来ていたでしょう。あれそろそろなんとかしなきゃ」

「そうめんってハリガネムシみたいですよね」

「ぶん殴るわよ」


 アスファルトにへばりついた熱をさらうように、風が吹いた。

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