シアノバクテリア礼賛
伽墨
シアノバクテリアの起こした革命は今も続いている
地球の歴史はおよそ46億年にものぼるとされているが、最初の24億年は大して面白いことが起こらなかった。そんなことをいうと「それは間違いだ」と怒る人がいるだろうから一応言い訳をさせてもらうと、これはシアノバクテリアがすごいなと持ち上げる文章なので、多少の誇張が入るがしばしお付き合いいただきたい。確かにアミノ酸の原料となるような化合物がつくられたし、生命は誕生したし、細胞分裂だってできるようになった。だが、それらはせいぜい「生存の小細工」に過ぎない。
本当の意味で世界をひっくり返したのは、シアノバクテリアの登場である。
こいつらはただひたすら光を浴び、ただひたすら光合成をして太陽のエネルギーを自分で使える形に変換し続けた。そしてただひたすら、不要物として酸素を吐き出した。どこにまとめて捨てようか、なんて賢さはないので、辺り一面が酸素だらけになった。
酸素というのは身近にあるものの、実のところはめちゃくちゃ反応性の高い危険な物質である。火事のニュースを見ればそのヤバさはすぐにわかるだろう。あれは建物の木とかカーテンとかが燃えているように見えるのだが、実際のところその燃焼を支えているのは大気中におよそ20%含まれる酸素なのである。だから、「消火するときには酸素源を絶つこと」なんて記述が、危険物の資格試験を受けると出題されるのである。ところで、酸素を人に例えるなら、常に不機嫌で、ちょっとしたことでブチ切れるタイプだ。そんな危険人物を世界中に満遍なくばらまかれたのだから、当時の地球生物にとってはたまったものではなかったことだろう。
そう。それまで地球を我が物顔で占領していた嫌気呼吸の細菌たちは、シアノバクテリアが撒き散らした猛毒に耐えかねて立ち退きを迫られてしまった。彼らは現在、深海の熱水噴出孔や動物の腸内など、酸素の届かない地味な安アパートでひっそりと暮らしている。かつての支配者はいまや日陰者なのである。
一方、吐き出された酸素は地球上の物質という物質──とりわけ鉄やマンガン、硫黄など──を次々と酸化していった。人間が用いる多くの金属鉱石が酸化物として産出するのは、じつのところシアノバクテリアによるとてつもない酸素放出の結果である。海水中には二価の鉄イオンが還元的な環境で溶け込んでいたのだが、シアノバクテリアのせいですっかり酸化され、赤茶色の縞状鉄鉱床となった。それを精錬して酸素を引き剥がすために、人類は今日も莫大な電力を費やしている。こうしてみると、我々人類の文明の営みとは、要するにシアノバクテリアが野放図にばらまいた酸素を、必死で剥ぎ取るリサイクル事業にほかならない。
ちなみに、シアノバクテリアが吐き出した酸素に晒されても、錆びなかったものがある。それは金であり、プラチナである。鉄は赤く染まり、大地は酸化に覆われたが、彼らはびくともしなかった。その無傷の姿こそが、のちに人間が「貴金属」と呼ぶ価値の源泉となった。シアノバクテリアは、酸化という審判を通じて、金とプラチナを選び出したのだ。
他にも、シアノバクテリアに関係する資源はたくさんある。例えばアルミニウム。
シアノバクテリアが酸素を吐き出したことで、地球は還元的な惑星から酸化的な惑星へと変貌した。その余波はアルミニウムの運命をも決定づけた。アルミは酸素と仲が良すぎるせいで、地殻の中では常に酸化物やケイ酸塩として固定されてしまう。ピカピカと光る金属として現れることはない。そうしてシアノバクテリア以前から酸化されて安定した状態にあったアルミが、シアノバクテリアの作り出した熱帯の豪雨と高温という環境下において、シリカや鉄分を洗い流されて濃縮したのがボーキサイトである。つまりアルミニウムという資源は、シアノバクテリアが描いた地球規模の酸化シナリオの中で生まれた鉱石なのだ。
だが人類は欲深い。赤茶色のボーキサイトを掘り出し、その強靱な酸素結合を断ち切るために、鋼鉄の生産と同様にして膨大な電力を注ぎ込んでアルミを取り出す。これが、アルミニウムは「電気の缶詰」と揶揄されるゆえんである。そしてこの電力需要が、ときに社会インフラさえ動かす。例えば黒部ダム。観光名所として知られるが、そもそもはアルミ精錬のための電力を確保するために築かれた巨大水力発電施設だった。つまり日本アルプスを切り開いた工事すらも、シアノバクテリアの酸素が遠因と言えなくはないのだ。
アルミは一度精錬してしまえば、リサイクルのほうが圧倒的に安上がりだ。新規製錬に比べて9割以上電力を節約できる。そのためスーパーの回収ボックスでは、アルミ缶だけが律儀に分別されている。「リサイクル」というと、基本的にはコストがかかるのだが、アルミに関しては珍しい例外だと言えるだろう。私たちがスーパーマーケットで「アルミ缶はこちらへ」と誘導されているのもまた、24億年前にシアノバクテリアが酸素をばらまいたことの、気の遠くなるような帰結なのである。
シアノバクテリアのもたらした酸素は破壊だけでは終わらなかった。酸素の一部は太陽光を浴びてオゾンとなり、地球は有害な紫外線を防ぐ「オゾン層」というバリアを手に入れた。さらに、一部の生物はこの酸素という猛毒が「反応しやすいこと」を逆手に取り、呼吸のシステムとして取り込んでしまったのである。これが、好気呼吸の誕生だ。酸素を使うことでエネルギー利用効率は爆上がりし、多細胞生物が現れ、ついには人類をも含む豊かな生態系が築かれた。ちなみにどれぐらい好気呼吸の効率がいいかというと、嫌気呼吸のおよそ18倍である。嫌気呼吸する生き物が大きな体を持ったり複雑な体のシステムを築けなかったのもさもありなんである。好気呼吸の誕生というのもまた、生き物の生き方を変えるひとつの事件だったと言えるだろう。
つまりシアノバクテリアとは、大量殺戮犯であると同時に、我々の創造主でもあるのだ。
シアノバクテリアは容赦がない。地球上の物質をあらかた酸化し終えたあとも、なお酸素を吐き続けた。その結果、大気の約20%が酸素となり、今日に至るまで生物を支配している。人間がやっている自然破壊は確かに由々しき問題ではあるものの、せいぜい地球の平均気温を1℃や2℃上げる程度だ。今話題の「地球沸騰化」なんてのも、シアノバクテリアのもたらした大革命と比べれば、実にチマチマした現象だと言えるだろう。
「年齢」について考えても、やはりシアノバクテリアはすごい。シアノバクテリアは24億歳、ゴキブリは3億歳、人類はせいぜい10万歳だ。文字通りケタが違う。今日、私たちが平気な顔して陸上で生活できるのも、シアノバクテリアが何億年もの間酸素を吐き出し続け、オゾン層まで作ってくれたおかげである。大先輩に感謝せねばなるまい。
そう考えると、24億年目以降の地球の歴史は蛇足と言っても過言ではない。地球の環境を丸ごと変化させた生物は、シアノバクテリアが最初で最後なのだから。
人類もまた、先ほど安アパートに追いやられていった嫌気性細菌と同じように、シアノバクテリアの描いたシナリオに振り回されている。地球の真の支配者は、王座も王冠も必要としない。どうせ酸素で酸化されて錆びてしまうからだ。
シアノバクテリア、恐るべし。
シアノバクテリア礼賛 伽墨 @omoitsukiwokakuyo
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