第5話:帰ったら、何がしたい?

1.イルゼン外環の広域戦場。DAY9、午前~昼


防衛軍の砲撃が種子状の核を内部まで砕く。黒い破片が地面に散る。

遠方の同型核が脈打つと、破片を残したまま、破壊地点に新たな核が生え直す。


防衛軍が砲撃時刻を揃える。

外環の複数地点で核が同時に崩れるが、生存核から反応が走り、空いた場所を同型核が埋める。


ノエラの戦況図で核同士の接続を反応が渡る。外環各所の核を含む一つの律域が、中環へ迫っている。


※用語注:

 ①《神律》=神の存在を成り立たせ、周囲にも強制される法則。

 ②『律域』=その法則が及ぶ範囲。


リシア(通信)「砲撃では接続が残る。一区画を捨てても、他の核から広がる。全核を捉えて接続を切り、同時に殺して固定するには、五つ全部が要る」


リシアが四人を見る。


リシア「完全連携を使いたい。私たちの共鳴も強くなるけれど」


※用語注:

 ①『完全連携』=神の死骸を纏う装備聖骸装の五器官を、すべて接続して働かせること。

 ②『共鳴』=器官が互いに反応し合うこと。


ミラ「戻れなくなる危険は分かってる……全核、見落とさない」


ミラが照準器を上げる傍ら、ノエラは身体限界を確認して共有系を開く。クララが切断の手順と条件を確かめて頷く。イネスは出力待機へ入り、リシアが槍を握る。


リシア「――最後の固定は私が持つ」


分離官のエリオは戦況図を見直し、五人の応答と身体の監視へ戻る。


エリオ「代案はありません。帰せる範囲を監視します」


※用語注:『分離官』=人間と神の死骸を切り分ける専門官。


リシア(通信)「完全連携――展開!」


五人が各位置へ散り、五つの器官が同時に開く。

エリオだけが生身で監視位置に残る。


          ◇


2.同じ広域戦場。午後、完全連携


ミラの観測線が遠方の核まで水平に走る。ノエラの円環フレームから情報の輪が開く。リシアとイネスが両側へクララが核間を横切る位置へ進む。


ミラは《瞳座》で活動核、損壊核、復元元を辿る。接続の先まで捉え、全核を一つの輪郭へ収める。同じ印がノエラの側にも現れる。


※用語注:《瞳座》=ミラの器官。対象を観測し、狙う範囲を定める。


《脈環》が各核の復元開始と接続の変化を重ねる。切断できる一拍が五人へ伝わり、クララが動く。


※用語注:《脈環》=ノエラの器官。解析した情報を共有し、生命維持も担う。


クララの《律脊》が直剣へ繋がり、核間の接続を断つ。切られた先の線が別の核へ曲がる。ミラの観測線が追い、ノエラの輪に新しい経路が走る。


※用語注:《律脊》=クララの器官。神の法則による接続を切る。


更新と同時にクララの刃が次の線へ入る。リシアとイネスも合図を待たず構えを変える。エリオは、五人の動作と応答の記録が重なるのを見る。


観測線が最後の復元経路を捉え、共有された拍に沿って直剣が抜ける。核間の線が一続きに消える。核そのものは、まだ脈打っている。


ミラが全核を捉え続け、ノエラが脈動のずれを更新する。クララが再接続を断つ間、イネスは出力を待機。リシアが全地点を確かめる。


リシア(通信)「接続切断を維持。全核を、この一拍で」


イネスの炉翼から五器官全体へ出力の経路が開く。

リシアが防護腕を据え、槍先を下げる。


          ◇


3.同じ広域戦場。全核攻撃


イネスの二枚の炉翼が開き切る。《心炉》の出力が観測線と情報の輪、クララの切断線へ流れ込む。光が五器官を通り、全核へ伸びる。


※用語注:《心炉》=イネスの器官。熱と光の出力を生み、他器官へも供給する。


ミラの観測、ノエラの時刻共有、クララの切断が続く。

そのまま全ての核へ同じ一拍で光が届き、種子状の身体を内側まで貫く。


全地点の活動反応が一斉に消える。砕けた核の間に、脈打つ核は一つもない。


リシアが膝を沈め、防護腕と槍を押し据える。

《護殻》が「全核が死亡し、互いを復元できない」結果をひとまとめに固定する。放射が、二本の防護腕と槍の三点へ収束する。


※用語注:《護殻》=リシアの器官。成立した状態を保つ力を持つ。


先ほどの復元間隔を過ぎても、どの核も戻らない。核間の《神律》反応が消え、律域が崩れる。


中環へ迫っていた線が消える。途切れていた無線に各地点の声が戻り、兵士の操作で防壁の投光器が点く。砕けた路面には、作業員が迂回の標識を立てる。


防衛軍(通信)「全地点、敵反応ゼロ」


リシア(通信)「イルゼン防衛、完了」


五人の展開した器官の向こうで、砲口が下がる。

退避していた作業員たちが、防壁へ戻ってくる。


          ◇


4.外環の戦場跡。直後


車両の駆動音と作業員の声が戻る。

五人だけが戦闘の終了姿勢を保っている。防護腕も狙撃銃も下がらない。


ノエラが観測をかけ直す。核の印も敵の律域も戻らない。

空の戦況図の脇で、五人の反応だけが動いている。


リシア(通信)「連携終了。各自、解除」


五人が息を吐く。

下がりかけた肩が同じ拍で持ち上がり、解除しようとした器官も元の構えへ戻る。


《瞳座》から《脈環》、《律脊》、《心炉》、《護殻》へ脈動が渡る。

敵へ向かわず、《護殻》まで届いた脈動がまた五器官を巡る。


エリオ(通信)「五器官の中だけで、生命活動が循環している。第一降臨体の再構成だ」


※用語注:

 ①『第一降臨体』=五人の装備のもとになった、過去に倒された神。

 ②『再構成』=分けられた五器官が、元の一柱へ戻り始めること。


エリオ(通信)「それぞれ、自分の動きを保って。五人を分けて解除する」


返答が同時に重なり、また肩が揃う。リシアが防護腕から四人へ目を向ける。


          ◇


5.同じ戦場跡。四人の固定


ミラの視線がリシアへ走る。

ノエラは計器を見ようとし、クララの爪先が外へ向き、イネスは吸いかけた息を止める。残っているそのズレが、次の脈動で小さくなる。


リシア「まだ、四人ともいる」


リシアが《護殻》の固定を仲間へ向け直す。防護腕と槍の三点から伸びる輪郭が、四人を囲む。


四人へ同時に固定が届く。

違う方を見て、違う姿勢を取る四つの輪郭が重ならずに残る。


ミラが大きく息を吸い、ノエラは計器へ屈む。クララが足を踏み直す横で、イネスの肩が遅れて下がる。器官を纏ったまま、四人が別々に姿勢を立て直す。


四人へ流れていた脈動がリシアへ集まる。肩の接続部が強く縮み、リシアの息が詰まる。固定された四つの輪郭は崩れない。


ノエラ(通信)「負荷が全部、リシアへ向かってる。このままでは《重誓》へ入る」

エリオ(通信)「隊長。そこまで進めば、帰せても取り戻せないものが出ます」


※用語注:《重誓》=人格が神と混ざり、通常処置では戻せなくなる段階。不可逆な損失が生じ始める。


リシアの指が、槍の握りを緩める。


エリオ(通信)「今なら固定を解けます。ただ、四人はまた一つに引かれる。……続けるかは、隊長が決めてください」


リシアは四人を見て、指を握り直す。


リシア「――四人を残す。固定を続ける」


髪の乱れが消える。呼吸の深さも間隔も揃う。姿勢から震えが抜け、眉も口元も動かなくなる。四人の違う呼吸の中央で、リシアだけが守護像へ近づいていく。


          ◇


6.同じ戦場跡。処刑審査


《成婚》へ向かうリシアの神性反応が上がり、監視表示が処刑審査域へ移る。


※用語注:《成婚》=人と神が完全に一つの生命へ融合すること。


防衛軍(通信)「再構成が進めば、都市全体に被害が及ぶ。現場封鎖だけでは防げない」

管理院(通信)「《成婚》方向への進行を確認」

エリオ(通信)「人格帰還の可能性は残っています。救出を試みます」


三者の報告が審査記録に揃う。


※用語注:管理院=神の法則と装備の運用を監督する《神律管理院》。


ノエラは身体の生命反応、神性進行、器官間の共鳴、本人の応答を別々に追う。神性反応の波に、本人の応答のずれが埋まりかけている。


ノエラ(通信)「本人の反応はまだある。ただ、拾える部分が減ってる」


三者の統合判断による処刑許可が届く。

本人反応の最終観測はミラが担い、《成婚》臨界に達すれば射撃する条件が記されている。


ミラが長大な狙撃銃をリシアへ向け、安全装置を外す。照準器の中のリシアから目を離さず、引き金に指を添える。


ミラ(通信)「本人が残る間は、撃たない。その間だけ」


照準線の先で、本人の小さな反応が揺れる。エリオは位置を確かめ、黒いケースを掴む。


          ◇


7.リシアへの接近路。同日


ミラは照準を保つ。ノエラが本人の反応と《成婚》の進行、接近可能な範囲をエリオへ送る。エリオは、リシアの周囲に立ち上がった黒い構造物の前へ出る。


クララが横から走り込み、進路を塞ぐ構造物と、それを繋ぎ直そうとする《神律》の線を切る。刃はリシアの外側だけを通る。


クララが剣を返し、再接続を断ち続ける。

崩れる構造物の間に、人が通れる地面が露出する。


クララ(通信)「ヴァルト分離官、この道を。帰りも保持する」


エリオが黒い《分離具》ケースを寄せる。その傍らへイネスが来る。


※用語注:《分離具》=人間と神の死骸の接続を分ける処置器具。


イネス「本人が神になると選んだ場合はどうする?」


エリオは答えかけて、止まる。


エリオ「……今の本人に聞かなければ、決められない」


ケースを持ち直し、開いた道へ向き直る。


エリオが生身で走る。切断された黒い構造物が道の脇へ倒れ、粉塵が制服を叩く。ケースを縦にして狭い箇所を抜け、防護腕の根元へ届く。


ケースを開き、リシアの呼吸と肩の接続部を見比べる。指を動かしてもらうが、神の組織まで同じ動きに応じる。


エリオ「通常の《離骸》では分けられない。隊長の身体だけを残す境目が、定まらない」


※用語注:《離骸》=人体と神の死骸の接続を分ける処置。今回は人格まで混ざり、接続を外すだけでは帰せない。


          ◇


8.リシアの防護腕の内側。同日


リシア「ヴァルト分離官。敵は倒した。四人の固定は続けている」


声も任務の理解も、知っているリシアと変わらない。

エリオの向こうにいる四人へ静止した顔が向く。


エリオ(四人を守る、この反応。神の記憶でも殻は何かを庇っていた。声や記憶まで混ざるなら、今まで通りというだけでは分けられない)


エリオ「隊長自身の状態は?」

リシア「私の……」


返答が遅れ、リシアの呼吸が一度だけ浅くなる。

ノエラから届く記録にも器官とずれた反応が残る。


エリオ(自分のことを答える時だけずれた。本人はいる。でも、何をこの先のリシアとして残すかは、まだ決められない)


エリオ「帰ったら、何がしたい?」


リシア「四人の検査。市民の安全確認と、任務報告」


エリオ「それも必要だ。……リシア自身は、何がしたい?」


エリオはリシアを見て待つ。


リシアの唇が動きかけ、止まる。


※リシアが、帰還後に望む朝を思い描く。未実現の未来の像。


朝の街へ、自分の足で出る。報告へ向かう前に道を曲がると、店を開ける人々と、朝市の入口が見える。


※想像が途切れ、戦場の二人へ戻る。


リシア「帰ったら朝市へ行きたい。」


息が短く漏れ、止まっていた目元が動く。黒い接続は、まだ残っている。


エリオはその応答と、守る動作を繰り返す《護殻》を見比べる。


エリオ(神が繰り返す過去と、今、リシアが選んだ未来。この先を生きようとする本人の反応を、神の反応と分けて残せる。二つの生命履歴として――)


エリオ「――《解誓》を始める」


※用語注:

 ①『生命履歴』=その命が生きてきた過去と、これから続く人生。

 ②《解誓》=混ざり始めた神の過去と本人の未来を分ける処置。


左手のグローブを外し、エリオが境目へ掌を当てる。《断骸痕》の傷線が、光ることなく黒く深く開く。《護殻》の接続部に旧断面が浮かぶ。


※用語注:

 ①《断骸痕》=エリオの左掌から前腕にある、分離処置に使う傷。接触した神の組織に、かつて切り分けられた境目を再現する。

 ②『旧断面』=第一降臨体が五器官に分けられた時の切断面。


エリオが旧断面に沿って分ける。防護動作を繰り返す神の反応が死骸側へ離れ、朝市へ行くと答えたリシアの呼吸が、人間の身体に残る。肩の接続が外れ、混ざっていた反応が分かれたまま留まる。五器官を巡る脈動も止まる。


重く不透明な感覚の塊がエリオへ流れ込む。歯を食いしばるが、像は結ばない。

遠くのミラは、まだ銃口を下げない。


          ◇


9.現場医療安全区。DAY9、夕方


エリオがグローブを戻し、閉じたケースを持つ。リシアを支え、クララの道を通る。医療班へ引き渡すと、リシアは腰を下ろして息を継ぎ、仲間へ目を向ける。


ノエラ「リシア、こっちを見て」


視線が止まり、少し遅れて頷く。エリオにも呼ばれると、そちらへ顔を戻す。

二人が呼吸と応答を照合する。


エリオ(通信)「本人の反応を確認。帰還した」


ミラが照準を下げる。クララが経路の切断を終え、剣を引く。

ノエラは緊急監視を解除し、事後観察の記録へ移る。


医療区へ来たミラが銃を置き、リシアの脇にしゃがみ込む。クララは遅れて来て、肩の力を抜く。ノエラが診ている間、イネスはリシアと目が合うまで待ち、小さく笑う。


医療班の手当てが一段落する。

エリオがリシアの呼吸を確かめると、彼女の視線が彼の左手へ下がる。


リシア「ヴァルト分離官。手は? ほかに怪我はない?」

エリオ「動きます。身体も大丈夫です」


指を開閉して見せる。

リシアは彼の袖と足元まで確かめ、背を預ける。エリオも、その隣の椅子へ座る。


          ◇


10.内環の神性医療区画。DAY10、朝


昨夜からの神経・記憶・自己認識の検査記録が重なる。

まだ外出していないリシアの前に、今朝、東門朝市から届いた菓子が置かれる。

酸味の強い果実ジャムを挟んだ、薄焼き菓子。


リシア「これ、みんなで行った時に食べた。私、好きだったの」


一口齧る。生地がパリッと割れ、酸味に口をすぼめる。


リシア「……酸っぱい。味は、覚えてるとおり」


菓子を持ったまま、次の一口へ進まない。吐き出しもせず、口の中の分を飲み込む。


エリオ「今は?」

リシア「嫌ではない。でも……好きって、感じない……」


リシアが菓子を包み紙へ置く。


リシア「前は好きだった。それは覚えてるのにね」


エリオは返事をしない。記録の「好きだった」へ目を戻す。


エリオ(もっと詳しく知っていれば、これも残せたはずだ)


机には、一口分だけ減った菓子が残る。


          ◇


11、同じ医療区画。DAY10、午前、エリオの継続検査


反射の検査中、エリオの視線がノエラの手元から外れる。


エリオ「昨日、分けた時に入ってきた感覚が……形になってきた」


ノエラが書き留める。


※ここからエリオだけが見る《核記憶》。深い分離処置で流入した、元の神の高密度な記憶。欠落や誤認を含み得る。


人間の建物に似た壁と梁。祈りの紋様のような円に、測定目盛りを思わせる線が重なる。構造の内側から、向こう側へ空間が開く。何かが応じる感覚があり、その前後の像は抜け落ちている。


※像が途切れ、検査中のエリオへ戻る。


エリオ(人間の施設に見えた。でも、神の記憶だ。あの前に何があったのかも分からない)


エリオが掌を見下ろす。


エリオ(人間側が先に、何かを開いたのか……?)

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神殺しの花嫁たちは、死体を纏う(カドコミ漫画原作コンテスト参加作品) 浅沼まど @Mado_Asanuma

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