リスカとセックスはよく似ている

間川 澪(レイ)

第1話

 リスカとセックスはよく似ている、と私は思う。痛みにおぼれ、快楽におぼれ。どちらもすっきりするという点で共通している。自分を傷つけ生きていけるという点で共通している。小さなナイフで皮膚を切り裂き、ぱっくり覗いたピンク色のお肉を眺めるのも。女の子同士でイチャイチャするのも本質的には同じ。痛みがあるから、生きているのがわかる。痛みがあるから、生きていける。そこに本質的に違いはないのだと思う。


 いつからリスカをしていたか、なんてもう覚えていない。私の腕も、足も切り傷だらけ。酷いところなんてケロイド化して変色して盛り上がっていたりする。決して消えない私の傷。でも何で自分を切り刻んでいたかは覚えている。生きていたくないから。死にたいから。これ以上苦しい思いをしたくない。生まれて来たくもなかったし、生まれてくるべきじゃなかったから、なんて。その点、血を見れば安心できたから。なんでか知らないけれどまだ生きているんだなあみたいな。私も生き物なんだなあみたいに、どこか納得するから。


 だから、きっかけはそう、ありふれている。パパもママも教育熱心で。いわゆる教育ママ。その指導が厳しくて、生きていくのがつらかったから、なんて。少々珍しいのは私がいいとこのお嬢様で、地元でもそこそこ名の知れた分家筋の娘だったからこそ、将来は本家に養子として入りいい婿を取って断絶しかかっている本家を支えていくのだと教え込まれていたことぐらい。お茶にお華、お琴に習字。学習塾に公文。お嬢様のやりそうなことは大体やった。そして、いつだって出来が悪いと殴られていた。ペチン、なんてかわいいものじゃなくて。殴られた弾みで壁にぶつかり、肺の中の空気が全部出ていくような。殴られた弾みで思わず蹲って動けなくなるような勢いで、何発も何発も。


 ただ殴るだけじゃなくて、さんざん怒鳴られた。窓ガラスがびりびり震えるぐらいの大声で。この屑、気違い、出来損ない。そんな言葉たちなんて腐るほど聞いたし、飽きるほど聞いた。褒めてもらったことなんて一度もないし、頭を撫でられたことも一度もない。勿論抱きしめてもらったこともない。あるのはたくさんの指導と罵声だけ。何でこんなこともできないかな。私そんな難しいこと言ってないよね。そんな嫌味交じりのパパやママの言葉なんて浴びるように聞いて生きてきた。


 どれ程頑張っても。どれ程いい成績をとっても、褒められることなんてない。それぐらいできるのならもっと目標を高く持とうかと目標だけが高くなっていき。いつだって叶うことの無い目標を追い続けている毎日。嫌味と罵声だけは降ってきて。あまりに出来が悪ければ、あまりに怒らせれば家の外に放り出されることなんてしばしば。開けてよ、ねえって何度も扉をたたいたし、声がかれるぐらい泣いた。成績表を叱られるのが嫌で隠していたのがばれたときなど、シャワーを浴びているところに踏み込まれて殴られて、そのまま家の外に放り出された。みぞれだって降っていたのに。しんしん冷え込む真夜中なのに。とっさにつかんだキャミソールとショーツがなければ全裸で追い出されるところだった。歯の根が合わないぐらい寒い夜で。あっという間に濡れた髪の毛の先がしょりしょりに凍り付いていき。ホカホカ湯気を上げていたからだも冷えていって。体温を逃がさないように小さくお山すわりして耐えていた思い出。


 何より辛かったのは、通行人の見てはいけないものを見てしまったかのような目。あるいははなから無関心な目。ガタガタ震えている私なんか見えないように、みんな足早に立ち去っていった。サラリーマンのおじさんも、高校生ぐらいの女の子も。見て見ぬふりをした。その時私は気づいたんだ。味方なんていないって。Nobody nowhereなんだって。


 そうは言っても、かつて私は信じていいと思っていた子がいたことがある。そんな家になんていたくもなくて、第二の我が家のように入り浸ることが許されていた家。それは家格が同格だったから、というのはあるかもしれないけれど。そこに私は毎日のように入り浸っていた。そこの子のことを親友だって信じていたから。塾が一緒で。いつも机を並べて勉強して。分からないところを教えあって。何でそんなのも間違えるの、なんて揶揄いあったり。一緒に夏祭りを見て回ったり、親が許せば一緒に映画館に行ったりとか。何より話が合って。同じく小説が好きで。ミステリとか歴史ものとか。綾辻行人に米澤穂信。ポーに乱歩。福井晴敏に伊藤計劃。ディックにオーウェル。いろんな本たちの趣味があって。いろんな話をして。そんな彼のことを信じていたし、面白い子だと思っていた。親友だって信じていた。まるで付き合っているみたいだねと揶揄われ、彼氏なのと勘違いされ。付き合うとか彼氏とかよくわからないけれど、彼とならいいかなってちょっと思ってた。彼に無理やり押し倒されるまでは。


 何時ものように入り浸っていたら。お前なんだかかわいく見えてきたわって言って無理やり押し倒してきた彼。最初は冗談だって信じてた。軽いおふざけだって信じてた。でもキスをされ、制服をめくり上げようとされるにあたり冗談じゃないって気づいた。何より彼の目が冗談じゃなかった。鋭く血走っていて。にこりともしない真顔で私を組み伏せる彼。初めて見る顔で。怖くって。何度もやめてって叫んで。お願いだからやめてって言って。必死に抵抗して。殴られて。ごめんなさい、ごめんなさいって謝って。何でこんなことされているのかわからないけれど、きっと何か私が悪いことして怒らせたからだって思って。ごめんなさい、ねえ何で、どうしてって問いかけて。答えてくれなくて。膨らみなんてまるでない胸だってなめまわされて。よだれがわき腹をつうっと走っていく感覚が堪らなく気持ち悪くて。卑猥なことを言われて。ただただ痛いだけで。キスだけはされないように顔を背けて。頭を振り乱して抵抗して。無理やりつかまれてキスをされて。涙が後からあとから溢れだしてきて。惨めで惨めでたまらなくて。何でこんな子のこと信じてしまったんだろうって。何で親友だって思ってしまったんだろうって。何でちょっといいなって思ってしまったんだろうって。なんでこんなことされているんだろうって。


 無数の何でが溢れてきて。答えられなくて。なんだか全部がどうでもよくなってきて。必死に抵抗する私も。私を組み伏せている彼も。全部全部がどうでもよくなってきて。馬鹿馬鹿しくなってきて。どうせ勝てるわけないのに必死に抵抗する私とか。そうすれば私が気持ちよくなると思っているのかあちこちをまさぐる彼とか。どこかで見たAVみたいに。なんだかとっても全部がどうでもよくなってきて。


 だから私は諦めた。もう好きにしなよって諦めてしまった。つっかえ棒にしていた腕から力を抜いて。私から誘ったみたいに受け入れた。


 それでも本当に痛かったけれど。諦めたつもりの身体が勝手にじたばた暴れるぐらいには。今まで感じたことの無い痛み。入らないところに無理やりねじ込まれているような痛み。でもそんな痛い痛いと泣いている私も。腰を振る彼も本当に馬鹿みたいで。あとのことはあまりよく覚えていない。ただ、全部が終わった後、中に残るぬめぬめしたものを無理やり掻き出すのがとても痛かったこと。思わず垂れてきた液体をお気に入りのハンカチで拭ってしまって、もう使えないなと悲しくなったこと。ぐちゃぐちゃの制服をどう誤魔化そうと思ったことだけはよく覚えている。


 それから、私はますます手首を切るようになって。あちらこちら傷まみれになって。ぱっくり開いた傷をもんで見たり、舐めてみたり。朝方とか元気のいいときは新鮮な血の味がして、疲れているときや夜になると血の味が薄くなるのが面白かった思い出。痛みだけが私を支えてくれた。


 そんな私が何でセックスなんてするようになったか、なんて。そんなのも覚えていない。ただ時期は覚えている。大学生のころ。念願かなって親元を離れ、一人暮らしを始めた矢先のころ。私は病んだ。それはもう滅茶苦茶に。外を歩けば自動的に車道に飛び込んで死のうとし、家にいれば洗剤を飲んで首を吊ろうとする。駅になんていこうものなら無意識のうちに飛び込もうとする毎日。毎日浴びるようにお酒を飲んで。それこそまっすぐ歩けなくなるぐらいにはべろべろに。そしてやっぱり手首を切って。できた血だまりを適当にティッシュで拭うもんだから、私の部屋はいつだって血なまぐさい。そんな私を見るに見かねてか、お前には気晴らしが必要だと夜な夜な連れ出してくれた先輩がいた。構わないでくださいと言ってもお構いなしに。そうして連れまわされた先の一つが、いわゆるレズビアンバーで。そこにいたこと仲良くなって。流されるがままに関係をもって。それから何となく女の子と関係を持つようになった。


 何でって言われると難しい。気持ちいいから、というのもまた違う。というより私は性感を感じにくい体質のようで、そういうことをしていてもあまり気持ちよくはない。正直なところを言うと触られてもなめられても刺激が強くて痛いだけ。でも何だろう、そういうことをしていると、安らぐ私がいた。誰かの温もりに包まれるなんて初めてのことだったし。周りのお肉をかき集めてようやく膨らみを作れるぐらいの私の胸でも、嬉しそうに舐めてくれる子がいた。私の反応を窺ってくれる子がいた。私を見てくれる子がいた。大きな胸に包まれて、弾力のある胸に包まれて。とくとくという心音を聞いていると、今すぐに死ななきゃという衝動からは解放された。先端を舐めてはっはっと息を荒くする子を見て、小さく身体を震わせる子を見て可愛いなと思うようになった。誰かとつながっている感じがした。別に性行為をしていても、気持ちよくはない。正直痛いことが多い。でも、そこには気づかいがあって。私を見てくれるから。だから、流されるがままに関係を続けて。相手が変わってもそう。抱いて、抱かれて。揉んで、揉まれて。誰かの荒い吐息を聞いて。自分の荒い吐息を聞いて。


 そうしていると、私はまだ私は死んでいないんだなって実感する。実感できる。死んだほうがいい人生。生きている意味のない人生。終わらせたいこの人生。でも誰かの熱を感じると、誰かの吐息を感じると。もう少し生きていようかなと思う気がする。ちょうど手首を切って。ピンク色のお肉が見えて。どくどく蠢くお肉を見て可愛いなと思った時のように。あるいはうまく切り損ねて、変な匂いのする、透明な液体が出てきて失敗したなと思った時のように。まだ生きている私を、死に損ねている私を、少しばかりは肯定的に見ることができる。


 だから私はリスカが好き。まだ生きていいって思えるから。セックスも好き。誰かとつながっている気がするから。そしてその両者は、本質的に同じものなのだと思う。

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リスカとセックスはよく似ている 間川 澪(レイ) @tsuyomasu0418

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