第2話 アーチボルト

8つ上の姉は、その美しい容姿だけでなく、朗らかでおおらかな気質気さくな性質で尚且つ勤勉で生真面目な完璧な人だった。


幼い時から彼女の後ろをついて回って、彼女に構われるのが最上の喜びだった。

だから、人質のような扱いでフルーレザンの第二王子と婚姻すると言う話を、兄のジョージから聞かされた時は怒りで体が震え、なぜ、なぜとその姉に纏わりつく因果を呪った。


兄と入れ替わりで時々公爵邸にやってくるエドワード王子に、

「王子様なんでしょう、姉様をその力で救ってよ」

と泣いて喚いてすがって、何度も願ったけれど、

「ごめんよ、アーチー。不甲斐ない王子の私には、世の王子のような力も権力も何も持っていないんだ。ルシンダ姉様を救えない私を恨んでおくれ」

と言って、抱きしめた王子も泣いていた。


その後、兄上に呼び出されて、そのことについてこっぴどく怒られて、詳しい話を聞かされた。


途中が難しかったが結局、フルーレザンの前と前の前の国王が悪くて、エドワード王子もその罪を背負わされているのだと言うことだった。

その罪の代償に、姉ルシンダと兄ジョージも巻き込まれていて、嫁入りせざるを得ない状況だったと言うのだ。


つまり、俺は強くならなければいけない。


その時の俺はそう思って、公爵家の騎士に今までよりより厳しい指導を願ったのだった。




姉の帰国まで残すところ後3年となった所で父にフルーレザン王子宮へ侍る騎士としての派遣を願った。

帰ってくる日までの長い逃避行を変な護衛に任せるわけにはいかない。


そう思って、赴いたのに。


急な病に倒れた姉を連れ帰るには、どうしても優秀な医者が必要でその選択は兄が受け持ち、彼の指示した男がドクターマットであった。


彼の馴れ馴れしさに腹立たしさが募るが、姉がとても嬉しそうで、姉が幸せであればと多くを飲み込んでいた。


姉が彼を慕っているのは早くからわかったし、それを軽く遇しているようにみせていても、惹かれているのは明らかで、良い年した大人が焦れったいなと思いつつ、面白くない気持ちも持ちつつであった。


焦れったいドクターがやっと決心してプロポーズをした日、なぜだかほっと肩の荷がおりたような気がした。

フルーレザンとの長い確執から解き放されて、やっと姉が幸せを掴んだのだ、心からそう思えた。


あの絶望の眼差しで、軍艦で嫁入りしていく姉を見た時、まるでそれは戦地に赴く生け贄その物に見えて、どうしてどうしてと泣き叫んだ小さな自分がやっと泣き止んだ、そんな気分であった。


完璧な解毒薬はドクターが近いうちにきっと作ると確信して、船を降りると、港の人々が平伏しているのが目に入り、前を歩いていた姉、ジュリアが深いカーテシーをした先に居たのは問題の元凶である陛下であった。


嫁入りの時に見送らなかった陛下が、なぜ迎えに来たのか。

そんな疑問の中で、姉が倒れ、意識を失った。

抱き支えたのは、陛下でそのまま王宮へと連れ去ってしまった。


毒の残滓がいつ悪さをするかわからない、そう言う話は聞いていた。

聞いていたけれど、それが今、この瞬間なんて!


絶望の中、王の近衛に押さえつけられて意識を失ったドクターを急いで船の診療室へと運び、無事を確認してから姉の状況を知るために王宮へと向かうが面会謝絶と言われ追い出されてしまい、憤慨して実家へと戻った。


父と兄に王宮での話をすれば、どっちも無表情なわかりにくい顔で聞いていて、姉を心配じゃないのかと八つ当たりにも似た感情が爆発した。


父は姉の幸せを願うという俺の言葉を青臭いと切り捨てつつも、国王に話をつけると言い、兄は姉の再婚相手に俺を考えていたと、突然言うのだった。


「大好きな姉様がどこかのトンビに拐われても良いのか」

その言葉に、うっと言葉に詰まるが、やはり自分の向ける思いとマットの向ける愛の違いを思えば、

「姉様が幸せになにはそれが最善だ」

と、答えた。


兄が、瓜二つのエドワード王子の振りをして何か暗躍しているとは思っていたが、兄の侍従のサミュエルに誘われて乗せられた馬車の中に、マットの叔母と言う女性が待っていたのは理解に苦しんだ。


だが彼女が解毒薬のキーパーソンであり、現状一番必要な解毒薬の治験者に彼女がなって治験が上手くいくと、程無くして解毒薬が出来たのだ。


早く、一刻も早く投与をしなくてはと、作業をするドクターの傍らで父公爵や兄と連絡をとり、直接王宮の執務室へと向かう指示が為された。


解毒薬のデーターを取っている時に、姉の毒は陛下が姉の願いを聞いて嫁入り時に渡したアルビオンで作られたサンラザール王家の毒だと言うことも知らせた。


その知らせを受けた父は激昂して、王の居室へと押し入り大騒動となったと連絡を受けた。

実際に怒り狂うのは兄だと思っていたので、彼が冷静でいたことに、その事実を王妃かマットの叔母から聞いて知っていたのだろう、そう思ったのだ。


出来た薬を医師に渡して、半刻。


突如響き渡る鐘の音。

その打つ鐘の数が二十一で止まった。

二十一の鐘、それは王族の死を示す鐘の数。


今、この王宮で姉以外に生死を彷徨う者はいない。


絶望に顔を青くしながら、走り出した父の後を追う。

姉の居室の前には、王宮騎士が厳戒態勢を敷いていて、公爵である父の行く手を阻んだ。


「なんの権限があっての狼藉か、ルシンダは我が公爵家の長女で私の娘だ、そこを退け」

父の一喝に怯んだ騎士達を、国王の補佐官がそのまま厳戒態勢を維持と命じて、


「陛下からの王命にございます。ルシンダ元サンラザール王子妃殿下は先程、これまでの献身を悼んで王女とし、その死は国葬で執り行う。王族である以上、死後家族以外に会わせることはまかり通らぬと仰せでございます」


国王の印章を押された正式な命令書に、公爵とは言え、父は従わざるを得ない。

父は執務室に残って、横暴な国王へと正式に抗議するための仕事を始めた。


俺はそのまま公爵邸に帰り、部屋で蹲ってただただ、あの優しく朗らかな姉を思って幼子のように泣くだけだった。


国葬があっけなく終わり、ドクターも国を去っていった。

俺はまだ、何をすることも出来ずに姉の面影を探す毎日。


父は激昂したまま、すぐに議会を収集し国王リチャード3世の退位を迫ったと言う。

それを拒否した国王に多くの国民が失望したとか、幽閉されていたエドワード王子が父である王の命だけはと嘆願して救い、それと引き換えに全ての権利を手放して政治から一切の手を引くとまで宣言をされた、とか。


そんな国の出来事に、貴族の息子である俺は全く興味が持てず、もういっそ、貴族を辞めて国を出ようか、傭兵にでも志願しようかとそんなことを考え出したのだった。



議会がまとまり、エドワード王子が象徴国王に就任した後、兄からの呼び出しを受けた。


俺は傭兵を募る会社に問い合わせをしていた所だったので、この際、フィッツロイの籍から抜けることを伝えてしまおうと向かった。


「お前、傭兵になってどうするの」

俺の話を聞いて呆れた顔をむけた兄の質問に、


「どこかでの垂れ死にでも構わないです」

そう投げ槍に返事をした。


「お前に、縁談がきたので了承をした。そしてお前には従属爵位であるブルンフォル侯爵位を送ろう」

俺の話をまるっと無視して、勝手に話をすすめるので、

「兄上、俺は貴族を辞めると言っているんだ、爵位なんて貰わないし、爵位の無い者に嫁ぎたい貴族令嬢は本来居ないんだ」

姉様以外にと言う言葉はグッと飲み込んで拳を握って言い返した。


「お前ねえ、貰っておいた方が後々良かったと思う時が来るよ、何せお前が侯爵となったら妻を帯同してハポネ皇国大使となるんだ、どうだい傭兵より格段に良い話だろう」

あの帰国の途中で立ちよったハポネへともう一度行きたい、姉の希望の地の名前に少し興味が沸いた。


「そうは言っても俺が、いや私がハポネに行ったところで」

ただ、それと結婚して侯爵になる話は別だろうと断りを入れていると


「お前は頑固だなあ、もう良いよ入って」


俺の話を遮って、隣の続き部屋へと声をかけ、ドアが開いて、そこから出てきたのは、ジュリアだった。


「なんだジュリア、どうしてここに」

いつものお仕着せでは無く、貴族令嬢らしい装いで目の前に立ったジュリアに声をかけると、

「ご無沙汰しておりますアーチー様。この度婚姻のお申し入れ、大変嬉しく思っております」

そう言って、綺麗なカーテシーをしてみせた。


「あ、え、おい、頭を上げて。え、兄上、結婚相手ってジュリアか!どうして、いや申し訳ないが俺は貴族を辞めて傭兵になる身」


「まあ、アーチー。無闇な殺生はいけませんよと教えてきたでしょう。それなのに、傭兵になるのは認められないわ。要人を守る護衛騎士はさておき、考えを改めて」


すると、ジュリアの出てきた部屋から、姉の声が聞こえて、ばっと扉を開いてみれば、フィオレンツァの理容室で切った程短い髪にした少年姿の、姉ルシンダが居た。


「もう、ルシンダ様我慢が足りませんわ。もう少しマット様のお話を聞きたかったのに」

ジュリアが笑いを噛み殺してそう言えば、

「ダメよ。真面目なアーチーが本当に傭兵になってしまうわ、アーチーお久しぶりね。傭兵は諦めてまたハポネへと一緒に行きましょう。貴方は新婚旅行も兼ねて」

朗らかな姉の声を聞いていると、自然と涙が沸いてきて、止めることが出来ない。


「まあ、アーチー心配かけたのね、ごめんなさいね」

姉がハンカチで涙を拭ってくれて、よしよしと頭を撫で回す。


「姉様が、死んでまで自由になりたいと願ってたなんて知らなくて、俺、俺なんにも出来なくて、姉様が死んでしまったって、ああ、生きて、生きていてくれて、本当に、うれしい」

嗚咽を漏らしながら、姉の生還を喜びまた涙が溢れてしまう。


「全く、アーチーはいつまでも小さなアーチーだな。姉様、弟をこんなに傷つけて泣かしたんだ、ちゃんと謝りなさいよ」

兄が子供の頃のように、父親のようなことを言うのを聞くのもずいぶん久しぶりのことだった。



それから、姉がドクターの薬で一命を取り留め、それを秘密にして公的にはルシンダ・フィッツロイ公爵令嬢は死んだことになり、新たに平民のルーシーと言う戸籍が与えられたことを聞かされた。


一連の騒動が終わるまでの間を、王妃の住まう北の離宮で隠れていたと言うのだ。


当然この絵を描いたのは兄ジョージで、それにアニエス王妃が賛同してくれてのことだったそうで、父の公爵も国王の退位まで知らずに、離宮を訪ねて始めて姉と対面してひっくり返ったらしい。


「良いんだ、姉様は自由なルシンダ、じゃなくてただのルーシーになりたかったんだもんな。これで好きな人と一緒に幸せになってくれ。ただ、姉様だけじゃ心配だからな、アーチーお前がきちんと監視して危険が無いように取り計らえよ」

兄のその言い草がまるで政府の要人のようで、

「まあ、ジョージったら宰相みたいな口ぶりね。まるで貴方が政府の人事権でも持っているみたい」

姉様がまさに俺が思ったことをそのまま口にして、


「そうさ、私が次の宰相に選ばれたんだから人事権を持っているのさ。アーチーを大使にする為に面倒な宰相なんて役目を受けたんだから、姉上は私に感謝してくださいよ」


そんな驚くべきことを言った。


この常に冷静で何でも出来る頭の良い男は、姉のために国の制度を変えてしまうほど、人事権を握ってしまうほど、その姿は、俺よりよっぽど姉好きなシスコンじゃないか。


その後、冗談だと思っていたジュリアとの結婚話も本当にすることになって、

「こんなことで人生を決めて良いのか、一生のことなんだぞ」

と、言って聞かせたのだが、


「アーチー様って、本当に鈍感ですよね。私が何年あなたにアプローチをしていたとお思いですの?

ルシンダ様なんて最初から『アーチーが好きなの?』って聞いてきたんですよ。

私は、貴方がフルーレザンに行くと聞いたから親に頼み込んで追いかけて行ったんですよ。


もうそろそろ、私の年もギリギリなんで、貴方を待つのを止めてジョージ様にご相談して周りを固めさせて頂きました。諦めて私で納得してください。遠目でみればルシンダ様に見えなくも無いですし、こう薄目でみるとか」


そんな明け透けな告白をされて、薄目で見てみろと強要された。


「なんだ、その薄目って。ジュリアと姉様が似てたからなんだって言うんだ」

「だって、アーチー様ってシスコン」

「ドクターも言ってたが、俺はシスコンじゃない。一般的な姉を思う弟の気持ちだ、どうしてそんな風に思われるのか心外だ」

周りにシスコンと思われていたなんて、変態みたいじゃないかと憤慨しながらも

「じゃあ、他に気になる方とか居るんですか」

と言うジュリアの問いに、ぐぐっと言葉に詰まってしまう。


「こういう時にどうしたら良いのか、その、あまり上手い言葉が出てこないのだが」

困ってジュリアをみれば、ふふふんと満面の笑みを浮かべて、

「結婚してもらえますか、で良いんですよ」

と言うので、えっと一瞬戸惑って、そして、息を深く吐いた後、


「私と結婚してくれますか」

膝をついて手を差し出して、精一杯の貴公子然とした顔で願い出た。


「勿論、喜んで。末長く、最後まであなたと、共に過ごすと誓いますわ」

ジュリアが俺の手を取ってくれて、不思議と幸福感に包まれたのだった。



列車で一度、帝国のウィリアムに会いに姉と共に行ってから、ナポル港から『ステラ・マリス号』へと乗船し、一度回った航路をもう一度通って、長い船旅の末に、懐かしいハポネの地へと降り立った、その腕にジュリアが手を添えて。





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最後はあなたと 番外編 有栖 多于佳 @arisuohka

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