夕焼けの観覧車

茶ヤマ

🎡

あの町には、小さな遊園地があった。


駅から少し歩いた川沿いに、傾きかけた西日を浴びてひっそりと佇む、色あせた観覧車とメリーゴーラウンドと、小さな小さなジェットコースターがあるだけの、箱庭のような場所。

川のせせらぎと、かすかに聞こえるオルゴールの音色の隙間を、冷たい川風が通り抜けていくような、どこか寂しげで、だからこそ愛おしい場所だった。


高校生だったわたしたちにとって、そこは退屈な日常から少しだけはみ出すことのできる、格好の場所だった。

友人の真由は、いつもひまわりが咲いたような笑顔を浮かべていた。


子ども向けの小さなジェットコースターに乗るたび、錆びたレールがきしむ音に負けないくらい大げさな悲鳴を上げる。

コルク栓が頼りなく飛ぶ射的では、一つの景品も落とせないくせに、「あと一発で眠れる才能が開花するから!」と根拠のない自信を浮かべ、何度も小銭を握りしめて財布を開く。


西日に照らされた真由の横顔がおかしくて楽しくて、わたしも胸の奥から湧き上がるような笑い声を響かせた。


あの日も、夕暮れの街に溶けていく閉園のチャイムが鳴り響くまで、時間を忘れて遊び尽くした。

茜色から群青色へと移り変わるグラデーションに染まった観覧車の中、ゆっくりと上昇するゴンドラが、ギィと小さく鳴いた。

夕焼けを見ながら沈黙の時間が流れる。

真由がぽつりと言った。


「ねえ、将来さ、離れても忘れないでね」

「何それ、急に」

「なんとなくね」


窓の外を見つめながら、はにかむように微笑んだ。

その瞳は夕闇が迫る一瞬の光に照らされていた。



その翌年、真由の家は遠くへ引っ越した。



手のひらのスマートフォンを開けば、いつでも繋がれるはずだった。


最初の数ヶ月は、画面の向こうの真由と、まるですぐ隣の席にいるかのように他愛のないメッセージを交わしていた。


けれど、お互いに新しい制服を着て、それぞれの街の匂いに馴染み始めるにつれ、画面の向こうの文字は少しずつその体温を失っていった。


疲れて帰宅した夜、真由からのメッセージに「明日返そう」と画面を閉じたまま泥のように眠ってしまった、あの最初の夜。

そこから少しずつ、返信の文字数は減っていった…。



やがて進学し、社会の荒波に揉まれるようになると、二人の住む世界は完全に形を変えた。

ふと近況を伝えようと画面を開いても、自分が直面している毎日の悩みや、新しく覚えた仕事の愚痴は、真由の知らない登場人物ばかりで溢れている。

それを説明する気力すら湧かないほど、互いの生活のスピードも、見ている景色も違いすぎるのだ。

そう気づいてしまうと、言葉は指先で静かに立ち往生した。


いつしか、通知が届くこと自体に小さな怯えを抱くようになっていた。

もうそうなると、届いたメッセージに既読をつけることすらためらってしまう。


青いチェックマークがつく一瞬の重みに耐えかね、アプリを立ち上げすらしなかった。

窓から差し込む西日に目をやり、「今さら、何を話せばいいんだろう」と呟く声は、一人暮らしの部屋の隅へと吸い込まれていった。



日々の忙しさは、そうして記憶の輪郭を少しずつ、けれど確実にぼかしていく。

気づけば、最後に言葉を交わしてから、何年もの歳月が、ノートのページを風にめくられるように、あっけなく過ぎ去っていた。




先月、スマートフォンの無機質な画面に『あの町の遊園地、閉園へ』という文字が流れた。


数年ぶりに降り立ったその場所は、記憶の引き出しの中にあったものよりも、ずっと小さく、そして酷く色あせて見えた。


かつて見上げるようだった観覧車も。

おもちゃのような売店も。

塗装の剥げかけた錆びついたベンチも。


すべてが時間の重みに耐えかねて縮んでしまったかのようだった。


それでも、園内のアスファルトを一歩踏みしめるたび、足元から色鮮やかな思い出が、まるで秋の落ち葉のように舞い上がった。


真由がダブルのアイスを地面に落とし、子どものように半べそをかいた売店の前。

西日を逆光に浴びながら、二人で画面に収まった画素数の粗い自撮りの場所。

呼吸の仕方を忘れるほど、くだらない話で腹を抱えて笑い転げた、あの芝生の生ぬるい匂い。


思い出というのは、なんて残酷で、そして底知れず愛おしいのだろう。

あの頃、すりむいた膝の痛みや、ぬるい炭酸飲料の味と同じように、ただ当たり前に通り過ぎていった今日という一日。

それがいつの間にか、もう二度と触れられない輪郭を持ってそこに佇んでいる。

空の雲を見上げながら、胸の奥がきしむように痛んだ。


喉の奥でかすかに空気が鳴った。

が、結局言葉にならず、そのまま飲み込んだ。


自分の足元を見る。

錆びついたベンチの脚、ひび割れたアスファルトの隙間から伸びる、名も知らない枯れ草。

あの頃と全く同じ地面を踏みしめているはずなのに、靴底から伝わる感触はどこか硬く、頼りない。


すれ違うのは知らない誰かの背中ばかり。

吸い込む息が少しだけ浅くなり、心臓の音がいつもより少し早く、耳の奥でトクトクと刻まれる。


あの放課後のぬるい風も、西日に透けた真由の髪の毛も。

いまのこの場にはない。


帰り際、閉園を惜しむ家族連れやカップルの人波に押されながら、わたしはポケットからスマートフォンを取り出した。

冷たい画面をスクロールしていくと、そこにはあの日から止まったままの、彼女の名前があった。


送信ボタンの上で迷う指先。

鼓動が少しだけ速くなる。意を決して、液晶のガラスを叩いた。


『遊園地、なくなるんだって』


夜の帳が下りかける空へ、祈るように放った短い文章。


送信の電子音が静かに消えてから数分後。

手のひらの中で、スマートフォンが命を吹き込まれたように小さく震えた。


『知ってる。今ちょうど近くにいる』


冷たい風が、ぴたりと止んだ気がした。

心臓が跳ね、勢いよく顔を上げる。


視線の先、夕暮れの光をその身に浴びて、静かに最後の回転を待つ観覧車の前。

人混みをかき分けるようにして、こちらに向かって、ちぎれるほど大きく手を振る影があった。


あの頃より少し大人びたシルエット。

けれど、その周りの空気だけが、一瞬であの放課後に巻き戻る。


優しく包み込む夕焼けの色だけが、あの日と少しも変わらない鮮やかさで、わたしたちを照らしていた。



ー了ー

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