【連作】ザエッダの弓手 18:契約の穴

無為(MUi)

契約の穴

 レナリウムを出立して四日目の夕刻、馬車は宿場街ハルセマに到着した。

案内された宿屋の中庭には馬車止めがあり、ここで馬車と御者を入れ替えるらしい。


「四日間お世話になりました、ディグロエさん」

「こっちこそ、楽させて貰って助かった」


 すっかり打ち解けたフェイと御者が馬具を外しながら談笑している。


「若い馬丁だって話だったのに、斧を担いだ大男が乗り込んで来たときは面食らったがな」

「御者席が狭くなっちゃってすみませんでした」

「いやいや」


 実際のところ、冒険者御用達のローブに身を包み、長柄武器を手にしたフェイは馬丁には見えない。


「運賃は交代時に支払うという話だったが、どうすればいい?」

「今から組合に報告に行きますんで直ぐに係の者が勘定を持って来ますよ。その時に払ってもらえれば」

「おーい、ジュードーっ!」

 

 頭上から声がかかる。見上げるとイーヴォが窓から身を乗り出していた。


「三人部屋と、ちょっと良い一人部屋ひとつでオッケー?」


 気を利かせるのは流石だが、本人に聞こえる場所で言うあたり何というか。


「今夜はディグロエさんは一人部屋を使って下さい」

「悪いな。それじゃあ遠慮なく」



 * * *



 馬の世話をするというフェイを厩舎に残し、イーヴォと二人で皆の手荷物を部屋に運ぶ。


 水を貰いに二人で階下へ降りると、宿屋の主人に声をかけられた。


「お客さん方、組合の方がいらしてますよ」


 食堂の隅に座っていた男が立ち上がって会釈をする。


「御者組合のディメーレンです。清算と、この先の手配に参りました」

「ああ、よろしく」

「何か適当に注文しとくな」

「頼む」


 イーヴォをカウンターに残して、奥の席に腰掛ける。


「次の御者のディライケは、馬車と一緒に明日の朝こちらに伺わせます。荷の積み替えはその際に」


 ディメーレンはそう言うと、一枚の紙を差し出した。


「こちらが今回の清算書になります。契約の際に手付け金を頂いておりますので、その分は差し引いてあります」


 ────レナリウムからこの街までの運賃四日分と、待機料五日分────


「この待機料というのは何だ?」

「契約日から出発日までの馬車と御者の待機料金です」

「待て。出発前の分も取るのか」

「契約は締結時点より有効、と記載がございます」


 念のために、持ってきた契約書を確認する。


 ≪──契約は締結時点より有効とする。──≫


 つまり契約書にサインした時点で、馬車と御者の手配は始まっていた、ということか?


「いや、普通は出発日からだって思うだろ?」


 横から覗き込んだイーヴォがツッコミを入れる。


「通常の乗合ならそうです。ですが、今回は貸切扱いですので」

「それは承知している」

「貸切契約では、締結時点で馬車と御者を押さえます。その間、こちらも他の仕事に回せません」

「運賃の内訳には記載があるのか?」

「明記されているはずです」



(『出したところで金額は変わらんぞ』)


(……そういうことか)



 内訳を出させても、確かに金額は変わらなかっただろう。待機料は、最初からそこに入っていたという訳だ。


(契約の発効日を出立の日にするべきだったな)



「──確かにお預かりしました。では翌朝に」


 一礼をして出て行くディメーレンを見送る。


「──遅れて来た洗礼って訳か」

「……なぁ、」

「納得出来ないのか?」

「飲み物三人分頼んじゃったけど、どうする?」



 * * *



「フェイ、お疲れー」

「お疲れ様です」


 どうやら馬の寝床を整えている最中のようだった。


「この空の木箱使ってもいいのかな?」

「いいと思いますよ」


 箱の上に盆を置く。陶器の水差しに注がれた果実水はとろりと薄く濁っていた。

厩舎に持って行くと言うと、水差しごと持って行けと渡されたのだ。


「しかも無料タダとか、太っ腹かよ」

「あぁ、もしかしたら」

「心当たりがあるのか」

「藁運びを手伝ったお礼かもしれません」


 戸口の横には、うず高く藁束が積まれていた。反対側には干し草の束が山になっている。


「これ全部?」

「はい」

「……安すぎないか?」

「ついでですから」



 * * *



 厩舎の脇に置いてあった長椅子を持ち込み、並んで腰を下ろす。木製の杯に果実水を注ぐと、ほのかに甘い香りが漂う。


「白桃ですね。この季節ならではだ」

「あー、これさ、朝市で買おうと思ったんだけどな」

「潰れそうで止めたんでしょう?」

「そう、それ」


 フェイに契約書の顛末を話すと、苦笑が返ってきた。


「やられましたね。ウチでは行った先で滞在しないので、待機料金までは気が付きませんでした」

「高い授業料になったな」

「次の御者さんの話はしましたか」

「したっけ?」

「名前だけは聞いた。確か、ディライケ……?」


 ──ディマーネ、ディグロエ、ディメーレン──。


「…… “ディ” がつく名字が多いな……」

「『何々の人』って意味だったか。古い中央語だろ」

「はい。この国では伝統的な名字です」

「じゃ、ディライケさんって金持ちな人?」

「豊富とか濃厚って意味もありますね」

「フェイの名字にはついてないんだな」

「西方がルーツだと聞いてます。騎馬民族の出だとか」

「へぇ、それじゃフェイん家の馬って西方の血統なのか」

「それは無いと思います」


 フェイはそれ以上続けず、木杯を両手で握ったまま膝の上に置いた。


 不意に繋がれていた馬が低く鼻を鳴らす。見ると、水桶を鼻先で探っていた。


「水が足りないんだね、ちょっと待って」


 木杯を盆の上に戻し、馬の様子を確認すると、こちらを振り返る。


「飼い葉も少し足した方がいいかもしれません。後は……燕麦かふすまがあったら良いんですが、ちょっと見当たらないんです」

「分かった。聞いてみるなー」


 イーヴォはひらひらと手を振りながら戸口へ向かう。俺も黙って後を追った。



 * * *



「……やらかしたかも」


 部屋に戻った途端、イーヴォがベッドに倒れ伏す。


「血統の話か」

「あいつ、一瞬黙ったろ」

「切り替えろ」

「分かってるって」


 大抵の事には動じないくせに、対人関係でミスると凹むところが大雑把なのか繊細なのか分かりにくい。


(多分、両方だな)


「……カウンターの奥にさ。香菜パクチーが山盛りになってたろ」

「なってたな」

「俺、アレ苦手なんだよ」

「無理して食べる必要はないだろう」

「……妹が煩いんだよ。好き嫌いするなーって」

「──妹がいたのか」

「現在進行系で存在してます、多分」


 初耳だった。


 お互いの家族の話をしたことは、ほとんど無い。


「取りあえず起きろ。フェイが心配する」

「なんかあいつ、お母さんっぽくね?」

「世話をかけている自覚はあるのか」


 軽いノックの後、フェイが顔を出す。


「イーヴォさん、好き嫌いはいけませんよ」

「げっ」

「大丈夫です。俺が貰いますから」

「助かるー」

「助かっていいんですか、それは」



 ──契約書なら、読み返せば済む。



 だが、あの時フェイが何を思ったのかは、聞かなければ分からない。


(聞くかどうかは、また別の話だ)


 思いがけなく知ることもある。


 それでも──。


 知らないことは、増えていく一方だった。







 ─ End ─

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