第10話:私たちのホワイトな未来に向けて
王国騎士団の改革と大聖堂への労働監査から、数ヶ月の月日が流れた。
王都ルミナスの冒険者ギルドに新設された「ダンジョン内救命救急部門」は、今やギルドの看板部署として目覚ましい発展を遂げていた。悪質なブラック上司たちが失脚したことにより、無理な進軍による遭難事故そのものが激減。さらに、現場に医療の専門家が介入するというシステムは、国全体の冒険者の生存率を劇的に向上させていた。
「よし、本日のポーションの在庫点検、および救急カバンの魔力充填、すべて完了したわ!」
救命部門のオフィスで、元気な声を上げたのはフェリシア・アルデバランだった。かつて大聖堂で正聖女として過労死寸前まで酷使されていた彼女は、大聖堂の労働環境改善に伴い、現在は「パートタイムの契約ヒーラー」としてこの部門で働いている。目の下のクマは綺麗に消え去り、本来の年齢らしい瑞々しい笑顔を取り戻していた。
「お疲れ様、フェリシアちゃん。本当に手際が良くなったわね」
案内嬢兼管制オペレーターのペトラが、手元の書類にチェックを入れながら微笑む。
「はい! ここはちゃんと休憩時間が一時間ありますし、何よりお祈りをサボっても誰にも怒られません! 働いた分だけお給料がもらえるなんて、まるで夢のようです!」
フェリシアが嬉しそうに言うのを、デスクでハーブティーを飲んでいたナターシャは目を細めて眺めていた。かつての同期が健康的に笑っている姿を見るだけで、あの時大聖堂を飛び出して本当に良かったと心から思える。
そこへ、訓練場での日課を終えたセドリックがオフィスに戻ってきた。救命部門の前衛チーフとなって数ヶ月、彼のまとう雰囲気からは、騎士団時代のような悲壮感が完全に消え失せていた。
「ナターシャ殿、フェリシア殿。今日の救命部門全体の訓練および防犯パトロールだが、すべて予定通り、定時内に終了したぞ。これで本日の突発的な緊急要請が入らなければ、全員定時退社が可能だ」
「素晴らしいです、セドリックさん! さすが私たちのチーフですね」
ナターシャは拍手を送った。セドリックはしっかりとスケジュールを管理し、部下たちに無理な残業をさせない「最高のホワイト上司」へと成長していた。
「いや、すべてはナターシャ殿が教えてくれたおかげだ。人間、しっかり休まなければ良い仕事はできないからな。おかげさまで、私も今月は計画通りに有給休暇を消化できそうだ。街の図書館でゆっくり本を読もうと思っている」
セドリックが爽やかに笑う。かつて過労死寸前で床に転がっていた男が、今や有給休暇の計画を立てているのだから、環境の変化とは恐ろしいものだ。
執務室から顔を出したギルド長のエイドリアンも、満足そうに彼らを見渡した。
「みんな、今日も良い働きだったな。我が救命部門の黒字経営は今月も安定している。近々、全員に特別ボーナスを支給する予定だから楽しみにしておくように」
「ボーナス!?」
ナターシャとフェリシアの目が、同時にきらりと輝いた。大聖堂では概念すら存在しなかった、労働者への最大の恩賞である。
「ギルド長、大好きです! これからもきっちり働きます!」
ナターシャが歓声を上げると、ちょうど王都に夕方を告げる十七時の鐘の音が、ゴーン、ゴーンと響き渡った。
その美しい音色は、一日の業務の終わりを告げるファンファーレだ。
「よし、十七時ね! 全員、業務終了! タイムカードを切ってちょうだい」
ペトラの元気な声とともに、オフィス内は一気に退社モードへと切り替わる。ナターシャは素早く特製魔導衣を脱ぎ、お気に入りの私服へと着替えた。カバンには、今月のお給料袋と、これから行く予定の新しいカフェのショップカードが入っている。
「セドリックさん、フェリシアさん、ペトラさん! 今日は新しくできた中央通りのハニープレイスっていうお店のカフェ席を予約してあるんです。みんなで定時退社のお祝いに行きましょう!」
「いいわね、私も行くわ!」とペトラが賛成し、フェリシアも「ハニープレイス! 行きたかったお店です!」と飛び跳ねる。セドリックも「ああ、ぜひ同行させてほしい」と嬉しそうに頷いた。
ギルドの建物を一歩出ると、王都の街並みは美しい黄金色の夕焼けに包まれていた。
行き交う人々は誰もが穏やかな顔をしており、その中を、ナターシャたちは笑い合いながら歩いていく。
かつて、聖女になれなかった日の大聖堂の冷たい空気。周囲からの同情の目。あの時は誰もが、ナターシャの人生がそこで終わったかのように思っていた。
けれど、現実は違った。
栄誉や神聖さという言葉で飾られたブラックな檻を抜け出し、自分の価値を信じて、正当な対価と休みを求めて突き進んだ結果、彼女は最高の仲間と、最高の職場を手に入れたのだ。
(聖女になんて、本当になれなくて良かった! 私は私の幸せのために、明日もきっちり働いて、きっちり休みます!)
夕日に照らされる王都の石畳を、ナターシャは軽やかな足取りで踏みしめた。未来はどこまでも明るく、そしてどこまでもホワイトだ。彼女は大切な仲間たちと共に、弾むような笑顔で、輝かしい明日の休日へと向かって歩き続けるのだった。
-完-
聖女になれなくて良かった! 週休2日・残業代全額支給の「ブラックダンジョン専門の救命救急冒険者」に転職します 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123
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