異物
俺の目の前にいた男は、俺の目の前に確かに存在した筈の男は、まるで映画やゲームの演出みたいに、散っていった。初めから幻覚でも見ていたのか、最近疲れすぎだったか……そんな風に自分を納得させたかった。ただ、鼻の奥に届くあの煙草の臭いが、男の存在を確かに物語っていた。
そして何より、足元には男が自身を消し去るのに使ったピストルが残されていた。俺ではない、俺ではないが、俺の顔をした男。もう頭がどうにかなりそうだった。
触りたくもない、触れば何かが起こるなんて思わない。ただ忌々しくて、そもそもピストルなんて触ったこともない。それでも目が離せない。それが「俺の家」に存在していることが許せない。
次の瞬間には俺は手を伸ばしていて、ピストルを握っていた。想像していたよりもずっと軽い。なんだか玩具みたいでちょっと可笑しくなる。光沢はあるけど、プラスチックみたい。そんな風に観察していると、ピストルの輪郭が急に朧げになる。
さっき男が消えたときみたいに、ピストルが散っていく。淡く光りながら花弁みたいにバラバラに散って、今度は俺の中に入ってくる。
皮膚の上から徐々に何かが食い破って俺の中に入ってくるような鋭い痛み。次の瞬間には皮膚の中、臓器の中、体中ありとあらゆる道に汚染された泥を流し込まれるような異物感。
穴という穴からこの異物を汚物を出したいのに唾液の一つすら絞り出せない。声の欠片すらも出ない、なんだこれきもちわるいだれかおいだれかヴォえ——。
——眩しい。
気が付くと俺は真っ白の中にいた。目を開けていられないほどの白。その中にポツンと俺が取り残されている。不思議と気持ち悪さはなくなっていたが、どこか俺が俺でなくなっているようなそんな違和感だけがある。
ここはどこだ。そもそも現実か。現実な訳がない。そう言い聞かせても、俺は俺自身を納得させられない。いや、現実な筈がない。
「また会ったねえ。」
後ろから声がした。なんとも緊張感のない緩い声。どこかで聞いた声。慌てて振り向くと、ショートカットの女が俺を見ている。
昼食の時に出くわした、わけのわからないあの女性だった。
「君は……ここは何なんだ、一体君は何だどうなってるんだ。さっきの出来事と関係は——。」
「もお、そんなにいっぺんに聞かれたって答えられないよ?それにさ、何で僕が君の質問に答えなくちゃならないのかなあ?」
「じゃあどうして、どうして君はまた俺の前に現れたんだ?それにこんな意味の分からない空間で意味の分からない出来事で……俺は頭がおかしくなっちまったのか?なあ、いいよそれだけで、それだけでいい。俺の頭がおかしくなったって言ってくれよ……。」
「あはは落ち着きなよもう。君の頭は正常だよ。」
彼女はこちらをからかう様に、かつ短く言い放った。
「じゃあこれは事実か?現実化?さっきの男は何だ?お前は何を知ってるんだ?世界の方が狂ったとでも言うのか?なあ……。」
「もうだから落ち着きなってー。可笑しいんだから。でもいい線言ってるよ君。世界は今、狂いかけてるんだ。」
そう言って笑いかけてくる彼女の口元から、またも犬歯が覗いていて「きっと俺は彼女に喰い殺されるんだ。」と確信した。
神の鎌、あるいは選ばれなかった男について 永井月月 @nagotamo
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