消失
俺の家に、俺のテーブルに、俺の指定席に、俺が座っている。何もおかしなことはない。ただ、何で俺がそれを見ている。口が勝手に動く。
「お、お前——」
「誰だなんて言うなよ?わかってるだろ、何十年と見続けた顔の筈じゃねえか。」
男は少しふざけた笑みを浮かべ、そう吐いた。
「そういう問題じゃない、何で、何でお前は俺の顔を——」
「まあ落ち着けよ……一服どうだ?こっちの俺は、吸わないのか?」
そう言うと俺の顔をした男は、煙草の箱をこちらへ差し出してきた。いや、こっちってどういうことだ。一体コイツは何だ。疑問だけが何周かした後で、男の持っている煙草に不思議な懐かしさを感じる。
二十歳になった時、初めて吸った銘柄だった。初めて吸ってから、愛飲していた銘柄。十何年も前に、生産が終了した筈の銘柄。
「お前その煙草、どうやって手に入れた?」
他に聞くべきことはもっとあるだろうに、気付くとそんなどうでも良いことを尋ねていた。
「どうやってってそんなモン、コンビニだとかで手に入れたに決まって……あぁ、こっちにはないのか?コレ。」
「ふざけんなよ!もうとっくに生産が終わってる筈だろ!それに何だよさっきから『こっち』って、『こっち』ってどういうことだよお前はなんで俺の顔を、どうして俺の顔を——」
「おいおいだから落ち着けよほら、まあ吸えってほら、禁煙か?そんなことねえだろ?」
そう言うと男は自分で煙草を咥えおもむろに火を付けた。深く一吸いだけすると、笑顔のままで俺に手渡そうとしてくる。ダメだ。気持ち悪くて何かがこみ上げてきそうになる。
「ふざけんな!なんなんだよお前!なんなんだよお前は!どうして俺の家にいるんだどうして俺の顔してるんだどうして俺と同じ……。」
男はもう一度だけ煙草を吸うと、持っていた携帯灰皿で火をもみ消した。懐かしくて吐き気のする、鼻にこびり付く吸い殻の臭いが部屋に充満する。男はもう笑っていない。ただ俺を見つめて、静かに話し出す。
「なあ、俺はお前に説明する義理はねえんだ。俺は今、俺の目的のためにここにいるだけだからよ。ただな、そうだな、冥途の土産ってやつも必要か。少しだけ質問に……簡単にだが答えてやるよ。あんまり時間もねえからよ、2つか、3つだけな。」
傘を握る手の力が強くなり反射的に口から質問が出る。
「お……おい!お、冥途の土産ってどういうことだ!お前は俺を殺しに来たのか!」
「大事な質問の1つ目がそんなくだんねぇ質問かよ、全く我ながら……答えはな、イエスでありノーだ。」
男は少し落胆した様子でそう答えると、目線と顎で次の質問を俺に促す。
「あと1つか2つだ。よく考えて聞けよ。」
「あぁ、あの——」
「早くしろ。」
そう言うと俺の顔をした男は、上着のポケットから何かを取り出してこちらへ向ける。現実感が抜け落ちる。ピストルに見える。初めて見る。多分ピストルだ。鈍く光ってる。なんだよこれ。死ぬのか殺されるのか。
「おいそれは何だそれで俺を殺そうってのかどうなんだおい……。」
「さっきその質問には答えたろ?別の質問にしろ。それともこのままお別れするか、なあ、おい。」
よくわからない直感が俺を包む。コイツはきっと本当にやる。何故かはわからない。でも俺は死ぬんだろう。いや、意味の分からないまま死んでたまるか。
「お前は誰だ。」
「あぁ……ようやく聞いてくれたな。俺はさ、お前だよ。こことは違う世界の。お前の別の可能性ってやつだ。」
意味が分からない。意味が分からないのに、コイツが嘘を言ってないのだけはわかる。俺なのか、俺なんだろう。俺にしても、違う世界ってなんだ。なんでここに来たんだ。どうして……。
「どうして……俺なんだ。」
「嬉しいねぇ、それを一番聞いてほしかったんだぜ。そりゃあよ、お前が俺と一番近かったからだ。それ以外に理由なんてねえよ、悪いな。」
そう言うと男は鼻の頭を掻いた。俺と同じなら、バツが悪い時の印だ。男が何か口を開こうとしたとき、遠くから低く長い犬の遠吠えが響く。
「あー……どうやらお別れの時間みたいだな。本当は色々伝えてやりたかったけど、わりぃな。もう、疲れちまったからさ。後は頼むぜ。……犬にはな、気を付けろよ。」
持っていたピストルを自身のこめかみに突きつけると、躊躇なく引き金を引いた。俺と同じ顔をした男は——跡形もなく散り去った。花弁のようにバラバラになったかと思えば、次の瞬間、まるで世界に吸収されていったかのように、消えたのだった。
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