第11話 入道雲

 教室に暑苦しい風が入ってくる。

 エアコンをつけろと、誰かが言った。


「かぁ~。やっぱ文明の利器だなぁ~」


 武が体を伸ばして言った。

 担任が教室に入り、ホームルームが始まると、俺たちはいっせいに自分の席に戻った。しかし、みんなが座ると、教室に空白があるのがわかる。

 その日から、百瀬は学校に来なくなった。机といすが丁寧にしまわれていた。

 担任は理由を聞かされていないのか、不思議そうに、空いた席を見つめていた。


「今日も百瀬は休みか……」


 俺は漆原へ目を向けた。

 彼女も百瀬の席を肘をつきながら見つめていた。

 彼女はどこか申し訳なさそうな、おびえているような、そんな顔をしていた。


 昼になると、漆原は教室から出て行った。

 ここまではよかったのだが、授業が始まっても帰ってこなかったのだ。


「漆原がいないな」


 授業をさぼるなんて珍しかった。先生も驚いている様子だった。


「トイレか?」

「さっき、ウチトイレ行ってきたけど、別にいなかったよ」

「仲のいい百瀬もいないし……あっ天城、最近お前漆原と仲良さそうだよな」


 学校では必要最低限しか話していないつもりだったが、やはり先生にはわかるのだろうか。


「ちょっと、漆原を呼んできてくれないか?」


 こうして、俺は漆原を呼びに行く羽目になった。


                  *


 探すこと10分。彼女は学校の屋上で寝っ転がっていた。

 俺は、歩み寄り、彼女の顔を覗き込む。


「授業さぼるなんて、珍しいな」


 俺は、彼女の隣に座った。

 彼女は空を見続け、俺の言葉には返事をしなかった。


「雲って、ゆっくり流れてとって、見よると落ち着く」


 急にそんなことを言い始めたので、俺は驚いた。


「ごめん、なんかセンチになっとる」


 そういって彼女は寝返りをした。


「なんでもいいけど、授業にきなよ」

「……やだ」


 まぁ気持ちが分からないわけではない。父親のこととか、百瀬のこととか。

 しかし、それが露呈する、彼女はうすうす気づいてはいたのかもしれないが、きっかけを作ったのは間違えなく俺である。


「……ごめん」

「なんで天城があやまるん?悪いことをしたわけやない」

「でも……」


 俺は言葉に詰まった。こんなときになにか素晴らしい慰めの言葉を言えたらよかったのに、俺にはそんなのを持ち合わせていなかった。


「悪いけど、戻る気はないから」

「……」


 俺は、屋上においてある自販機で二つ飲み物を買い、一つを漆原に渡した。


「なんなん、これ」

「ドクターペッパー」

「一体、なんのつもりで……」

「俺さぁ」


 漆原の言葉をさえぎった。


「お前を助けるとか、大げさなこと言ってた。その場限りの言い方で、なんとか君を喜ばせようと思ってた。実際君は喜んでた。でも、それってなんか違うんだって、気づいた。本当に助けるんだったら、まずは心から、そうだろ?」


 漆原は何を言っているのか理解できていないようだった。


「飲みなよ。俺はずっとここにいる」


 これ以上は俺は何も言わなかった。

 言葉はもはや不要で、隣に同じ飲み物を飲んでいる人がいる。それだけで十分だった。

 漆原が少し笑った気がした。

 この後、俺らはこっぴどく叱られた。ミイラ取りがミイラになってどうするってね。

 でも、俺の心はなぜが晴れ渡っていた。彼女と俺の心の隙間から入道雲が見えた。


                  *


「あのさぁ」


 あって早々、漆原はあきれた様子だった。


「急に呼び出して、何事かと思ったら、遊園地って」


 俺は今日遊園地に誘ったのだ。


「心を助けるって、そういうことなん?うち、なんかそんな気分じゃ」

「それもあるけど、丁度なんか暇だったから」

「天城君ってそういうとこあるよね……」


 漆原はため息をついている。


「まぁ、折角来たんだし楽しみますか……」


 俺はニマと笑った。


 俺たちはまず、メリーゴーラウンドに行った。

 回転する馬の背中に乗ると、景色が右から左にずれ、俺は面白く感じた。

 しかし、漆原は深刻そうな表情を浮かべている。


 次にジェットコースターに乗った。

 激しく上下するトロッコに縛り付けられた俺は、なされるがままに振り回され、叫びそうになった。

 しかし、また漆原は気難しそうな顔のままだった。

 

 今度はお化け屋敷に行った。

 かなり気合の入ったセットで、すこし、いやかなり怖かった。俺は少しもビビッていなかったよ。

 それでも、漆原は怖がっている様子なんて一切なく、とうとう俺は、遊園地に誘ったことを後悔した。


 早めに切り上げたので、レストランには人はまだ少なく、良い席を取ることができた。俺たちは気まずい空気の中、料理を注文する。

 しかし、料理が運ばれても、漆原は手を付けようとはしなかった。


「……ごめん」

「えっ?」


 俺は辛抱ならずに口を開いた。


「今日つまらなかったよね。そらそうだ、あんなことが起こった後だもん。ちょっとは心も軽くなってくれるんだろうって、状況を甘く見すぎてた。逆につらかったよね。やっぱ俺に人の気持ちなんて」

「待って!謝るのは私の方だ。せっかく誘うてもろうたのに、雰囲気こわして。私、最低だ」


 しばらく沈黙が続いた。

 料理はすっかり冷めていた。


 結局、時間がたっても漆原は料理に口をつけず、俺に渡してきたので、快く食べた。

 やっぱり、漆原を元気にすることはできなかったみたいだ。


 気づけば夕方になっており、辺りは赤くなっていた。


「……最後に、観覧車だけ行っていい?ここらへんで一番大きな観覧車なんだって」

「うん」


 観覧車はゆっくりとゴンドラを回し始め、それにつれて俺らも上った。

 あいにく透明なゴンドラに当たったので、足元が透けて、漆原はすこし震えていた。

 もしかして、高いところが苦手だったのかだとか、不安だけが積もっていった。

 しかし、ゴンドラがてっぺんに着いた時だった。

 山のてっぺんから沈んだはずの太陽が見えて、俺たちを照らした。その光の粒が、透明なゴンドラのなかで、屈折と反射を繰り返し、宝石のような瞬きを放った。


「きれい……」


 俺は、そんな言葉を口にした漆原に驚いた。

 あんなに、無反応だったのに、こんどこそ何か心に響かせたのだろうか。

 漆原は目をかがやせて、太陽を見ていた。

 入道雲は、黄色く染まっていた。

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