第9話
第九話 最後は僕の中に
会場は、思っていたより静かだった。
静か、というより、音が入るのを拒んでいるようだった。
自分も、その一部になろうとして、足音を殺した。
壁に沿って、絵が並んでいた。
距離は均等で、近づきすぎないように決められている。
見覚えのある線があった。
夜ごと、母の手元で見ていたものだ。
完成した形なのに、どこか途中に見えた。
奥に、広い空間があった。
縦横二メートルほどの紙が三枚、壁ではなく、立てかけられていた。
紙の前に、万年筆が置かれていた。
僕の背丈ほどの大きさだった。
持ち上げるためのものではなく、置くためのものに見えた。
黒猫が、紙の上にいた。
展示用に描かれたものなのに、いつもの場所にいるようだった。
猫は動かなかった。
前夜と同じだ、と思った。
少し離れたところに、白い猫がいた。
目は皿のように細く、何かを求めているようでも、何も期待していないようでもあった。
周囲に、人の気配はあった。
声は聞こえなかった。
言葉が、必要ない場所のようだった。
毎夜、母に話しかけていた僕が、ここに立ったら、どんなに喜んだだろうと思った。
でも、僕は、その頃の僕ほど喜べなかった。
それでも、できることはあると思った。
僕は万年筆に手を伸ばした。
触れる前に、黒猫をどかした。
黒猫は、抵抗しなかった。
初めから、その位置にいる理由がなかったみたいに。
万年筆を、白い猫の下に置いた。
白い猫は動かなかった。
目だけが、わずかにこちらを見た。
それで、終わった。
最後は僕の中に @turugi_akinosuke01
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