ジュモン・ジョーズ

ハル

 

 昔から、私はUMAや絶滅動物が大好きだった。


 子供の頃は身の周りでツチノコやケセランパセランを探し、大人になると全国各地を回って、イッシーやヒバゴンやタキタロウを探した。ネッシーやビッグフットやチュパカブラを一目見んと、ネス湖やカナダや南米まで足を運んだ。だが、努力はいつも徒労に終わった。


 還暦を過ぎ、このまま夢を叶えられずに老いて死んでいくのかと思っていた矢先、古本屋で薄くて古ぼけた本に出会った。表紙には何語かも分らない言葉と拙い鮫の絵。興味を惹かれた私は本を購入し、AIで表紙の言葉を解読してみた。


 その意味は何と――「太古の鮫を呼び出し、自在に操る呪文」。


 狂喜乱舞した私は、寝食も忘れて中の呪文も全て解読した。海岸へ赴き、「鮫を呼び出す呪文」を唱えてみる。


「メサバレスヲサワウ!」


 途端、海面に二メートルはある背鰭が突き出し、二十メートルはある鮫が顔を出した。犬を散歩させていた二十歳前後の女性が、「メガロドンだ! 絶対バズる!」と叫んでサメにスマホを向ける。全く最近の若者は――と思いながら、私もスマホで動画を撮りはじめた。断っておくが、私は自己顕示欲を満たすためではなく学問のために撮っているのだ。


 十五分ほど撮影を続け、さらに十五分ほど肉眼で鮫を鑑賞する。本当はもっと見ていたかったが、あの女性の動画を観た人々が集まってきたら厄介だ。そろそろ鮫を海底(おそらく)に帰してやろうと思って、はたと気づいた。あの本には、


 もう一度本を捲ってみたが、ないものはない。焦燥に駆られた私は、呪文を片っ端から試してみることにした。


 まずは、「鮫と人間が仲良くなれる呪文」だ。


「ルタアニウボバケルアモメサ!」


 途端、鮫が砂浜に上がってきて腹鰭で立ち上がり、ちょこまかと歩きはじめた。

 ――これは駄目だ。二足歩行をすれば仲良くなれるというものではないし、そもそも二「足」ですらない。犬を散歩させていた女性は「可愛い!」と指を組んでいるが。


 次は、「鮫の注意が人間から逸れる呪文」だ。


「イアシカバノカイトメサ!」


 途端、砂浜から三十メートルはある烏賊が現れ、触手を振り回しはじめた。

 ――これも駄目だ。確かに人間から注意は逸れるが、危険はむしろ倍増しているではないか。


 次は、「鮫がもっと親しみやすい姿になる呪文」。


「スンヘウヨヒハメサ!」


 途端、鮫の下半身が赤く変色し、体節が生まれ、三対の鋏と多数の脚が生え、尾が扇形になり地面と水平になった。

 ――これも駄目だ。このどこが親しみやすい姿なのだ。甲殻類は虫に似ていて食べられないという者もいるのに。犬を散歩させていた女性は「かっこいい!」と飛び跳ねているが。


 次は、「鮫がもっと自由になれる呪文」。


「メサノダタハメサイナバト!」


 途端、鮫――いや、海老鮫は烏賊に飛びかかって強烈なパンチを食らわせた。烏賊はバラバラになって四散する。そこまではよかったが、海老鮫は足を折り曲げて反動で跳躍し、胸鰭をパタパタさせて空を飛びはじめた。――駄目すぎる。


 私は自棄やけになり、「鮫がもっともっと自由になれる呪文」を唱えた。


「ズラシヲウユチウメサノカナノウユキチ!」


 途端、海老鮫は斜め上へ進路を変えて上昇していき、雲の中に消えた。三十分経っても一時間経っても戻ってこなかったので、安堵の胸を撫で下ろす。きっと宇宙の彼方へ飛んでいったのだろう。


     ◆


 もう鮫はサメザメ――いや、コリゴリだ。


 私は新聞紙で幾重にも本を包んで捨てたが、一か月後、同じ古本屋で再び興味深い本に出会った。表紙にはやはり何語かも分らない言葉が書かれているが、その下に描かれているのは、シシリー・メアリー・バーカーの絵のような可憐な妖精だ。金髪碧眼、背中には蜂のような透明な翅が生えており、桜色のワンピースを身に纏い空色のベルトを締めている。


 購入して表紙の言葉を解読すると、果たして「妖精を呼び出し、自在に操る呪文」という意味だった。中の呪文も解読し、自宅で「妖精を呼び出す呪文」を唱える。今度はちゃんと妖精を消す呪文も書かれていたので、一か月前と同じ轍を踏むおそれはない。


「スイセウヨヲウドツユシノイセウヨ!」


 途端、絵のとおりの妖精が魔法のように現れた。この世のものとは思えない美しさ、愛らしさ、清らかさ――いや、実際に魔法であり、この世のものでもないのか。


 次は、「妖精と一体化する呪文」だ。どういう意味か分らないが、こんな可憐な妖精と一体化できるなんてロマンチックではないか。断じて嫌らしい想像をしたわけではないぞ。


「キズキスモイセウヨウクンゲンニ!」


 途端、妖精のまなじりが吊り上がり、口が耳まで裂けた。吸血鬼のように尖った歯が剥き出しになる。


 妖精が目にも留まらぬ速さで翅を動かして襲いかかってくる姿が、私が人生で最後に見たものであり、その歯が喉に食いこむ激痛が、私が人生で最後に感じたものだった。


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