第41話 捉え方
夜の帳が下りた屋敷は、相変わらず冷たく張り詰めた静寂に支配されている。
僕は廊下を歩き、セイヴィアが陣取った部屋の障子の前に立った。明日のアレスとの戦いを前に、どうしても確認しておきたいことがあったのだ。
「セイヴィア……今、大丈夫?」
声を潜めて問い掛けると、障子の向こうから少し驚いたような気配が伝わってきた。
「アラタ? ……分かった。準備するからちょっと待ってて」
セイヴィアの声は、いつもより少しだけ上ずっているように聞こえた。
「ん? ……ああ、分かった」
準備?……寝支度でもしていたのだろうか。
しばらく廊下で待っていると、「入っていいよ」と声が掛かった。
静かに障子を開けて部屋に入ると、セイヴィアはすでに敷かれた布団の上にちょこんと正座で座っていた。月明かりに照らされたその表情は、どこか神妙だ。
「今日がその時なんだね」
敷き布団の上に座ったまま、セイヴィアが真剣な眼差しで僕を見つめてくる。
「ん?」
何の話か分からず首を傾げた僕の前で、セイヴィアは決意を秘めたような顔つきになり、自らの服の襟元に手をかけた。
「いいよ、アラタになら……」
スルリと、服がはだけて白い肌が露わになる。
「待て待て待て待て待て!!」
僕は全力で両手を前に突き出し、顔を真っ赤にして叫びながら後ろを向いた。
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「いやー、てっきりボクはそういうことかと」
服をきちんと着直したセイヴィアは、ペロッと舌を出して悪びれずに笑った。
「決戦前夜におかしいだろ」
僕はまだドクドクと鳴っている心臓を押さえながら、呆れた声でツッコミを入れる。
「ん? 大きな戦いの前に、男の人はそういう雰囲気になるって知識が……」
「この話は止めよう」
これ以上変な雰囲気になる前に、僕は食い気味に言葉を遮った。いったいどこでそんな偏った知識を仕入れてきたのだろうか。
「それで? アラタは何の用事があって来たの? 別に用事が無くても、ボクは全然いいんだけどね!」
セイヴィアはからかうようにウィンクをしてくる。調子を狂わされそうになるが、僕は居住まいを正して本題を切り出した。
「明日の戦いの前に、『再現』の力について色々聞いておこうと思って」
アレスという規格外の化け物を相手にする以上、手札は正確に把握しておかなければならない。
「ああ、なるほどね。……それじゃあ、ちょっと庭に出ようか」
セイヴィアは少しだけ真面目な顔つきに戻ると、立ち上がって縁側の方へと歩き出した。
⬜⬜⬜⬜⬜
夜風が吹き抜ける中庭は、月の光に照らされて昼間よりもさらに異様な雰囲気を醸し出していた。滑らかに両断された庭石の断面が、不気味に光を反射している。
「再現の力ってのは、何でも無条件に再現できる訳じゃないよ」
庭に降り立ったセイヴィアは、夜空を見上げながら静かに語り始めた。
「基本的に目の前にあるものしか再現できない。」
「基本的に?」
僕が聞き返すと、セイヴィアは頷いた。
「そう。例外として、心に強く残ってるものなら、目の前に無くても再現できるよ」
セイヴィアが僕の方を振り返る。
「ボクが前に話したこと覚えてる? ボクが『英雄』の戦い方を真似してるって話」
「もちろん覚えてるよ。……ああ、そういうことか」
合点がいった。セイヴィアが過去の英雄の戦いを引き出せるのは、その姿が彼女の心に深く、強烈に刻み込まれているからだ。
「うん。ボクの心に強く残ってるから、ああいう戦い方ができるってこと」
セイヴィアは少しだけ誇らしげに笑みを浮かべた。
「あと、お察しの通り、再現の力はかなり受動的な力だよ。能力の出力がかなり相手依存になる」
「そうだよね……。その弱点をカバーするために、セイヴィアはあの戦い方をしている訳だし……」
相手が動かなければ再現できない。だからこそ、彼女は英雄の戦闘スタイルを再現し、自ら能動的に動けるようにしているのだ。
「まあ、逆に言えば相手が強ければ強いほど効力を発揮する力だよ。剣聖が相手でも、少なくともいい勝負にはなるはず。……後は、アラタ次第だ」
セイヴィアの真っ直ぐな瞳が、僕を射抜く。
相手の力をそのまま返し、拮抗させることはできる。だが、最終的にその拮抗を破って勝利を掴めるかは僕次第となるわけだ。
「再現の力についてはこんなもんかな。……他に聞きたいことある?」
セイヴィアは小首を傾げ、静かな庭の真ん中で僕に尋ねた。
「いや……もう大丈夫だよ」
僕は少しだけ視線を逸らし、短く答えた。
本当に聞きたかったことは、それだけじゃない。けれど、彼女の根幹に、過去の痛みにこれ以上踏み込んでいいものか躊躇いがあった。
そんな僕の内心を見透かしたように、セイヴィアはふふっと小さく笑った。
「ボクの……『固有魔法』についてでしょ? アラタが聞きたいのは」
「……」
「兵器であるボクの自分らしさの結晶。読んで字のごとく、自分自身が『武器そのもの』になる魔法ってところかな?」
どこか自嘲するように、彼女は淡々と自身の魔法について語る。自らを道具に成り下がらせる、あまりにも悲しい魔法。
「言わなくていい……それ以上は」
無理をして笑っているような気がして、僕はたまらず彼女の言葉を遮った。しかし、セイヴィアは首を横に振り、優しい声色で続けた。
「まあ聞いてよ」
彼女は月の光を浴びながら、滑らかに切断された庭石にそっと腰掛けた。
「正直、最初はあの魔法のことが嫌いだったんだ。自分がただの道具だって、突きつけられているみたいでさ。実際、アラタと出会うまでの10年間、一度も使ったことは無いしね。」
彼女がどれほどの孤独を抱え、自分という存在に葛藤してきたのか。その時間を思って、僕は静かに耳を傾けた。
「でもね。初めてあの魔法を使った時に、気づいたんだよね……あの魔法の本当の意味に」
「本当の……意味?」
「うん」
セイヴィアは夜空を見上げていた視線を僕へと戻し、真っ直ぐに見つめた。
「あれは、ただ自らを武器にするだけの魔法じゃなかった。あれは……『誰かと繋がるため』の魔法だ。」
「誰かと、繋がる……か」
武器は、一人では真価を発揮できない。それを握り、共に戦ってくれる『誰か』がいて、初めて意味を成す。
自らを武器に変えるという呪いのような魔法は、言い換えれば「共に戦うパートナーを強烈に求める」ための魔法だったのだ。
「そう。寂しがり屋なボクにぴったりな魔法でしょ?」
セイヴィアは、悪戯っぽく微笑んで小首を傾げた。その顔にはもう、過去の暗い影は微塵もなかった。
「ハハッ……確かに」
僕もつられて、自然と笑みをこぼしていた。
「この事に気づけたのも、アラタがボクと出会ってくれたからだよ。」
セイヴィアは立ち上がり、僕の目の前まで歩み寄ってきた。そして、両手を後ろで組みながら、少しだけ上目遣いになる。
「だからね……アラタ」
「ん?」
「大好き!!!」
静かな夜の中庭に、セイヴィアの元気いっぱいの声が響き渡った。
あまりに唐突で、あまりにストレートな言葉に、僕は完全に虚を突かれて固まってしまう。
「明日は勝とうね! 勝てばきっと、ハッピーエンドまでもう少しだ!!」
パッと花が咲いたような満面の笑みでそう言い残すと、セイヴィアはくるりと背を向け、脱兎のごとく廊下へ向かって駆け出していった。
その足取りはどこかバタバタと慌ただしく、揺れる後ろ髪の隙間から見えた彼女の耳は、暗がりの中でもはっきりと分かるほど、燃えるように真っ赤に染まっていた。
次の更新予定
追想のシュピーゲル ~嘘つき鏡は英雄の夢をみる~ ハスジロウ @Hasuitirou
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