第11話
「絢香!おめかししにいこっか!」
時間は全部計画通り。さっと目をつけていた服を二着買い、絢香と着替える。
「ね!どう?似合うかな?」
「似合ってるよ。……デザイン私のと似てる?」
「そう!これ双子コーデなの!かわいいでしょ?」
「うん、かわいい。でもなんかちょっと喪服みたいだね。」
「……そうかな?」
やばい、気づかれたか?いつもならできていた顔ができずひきつってしまい、間が生まれてしまった。やばい、やばい、早く何とか言わないと……!
「真っ黒ってだけじゃん!文句言わない!今日はこれで海に向かうよ!さ!荷物まとめてまとめて!」
絢香は勢いで押せばどうとでもなるから、緊張したが切り抜けられた、と思う。まさか喪服の狙いを言い当てられるなんて、たまたまだよね?気づかれてないよね?怖くなりそそくさと店から出る。出たところで絢香に問われる。
「海って言ってもどこの海行くの?電車は何時?」
スマホの時計を見ると予定通りの時間。今から走って駅に向かう、ここで持ち直そう、計画は予定通り進んでいる。
「やば!電車あとちょっとで出ちゃう!急いで!」
「うそでしょ!?ちょっと柳瀬しっかりしてよ!」
「ごめんごめん!走れば間に合うよ!走れー!」
「もー!」
全部予定通りだよ、余裕で間に合うから、程よく疲れてくれればいいからね。そう思いながら走って駅に向かった。
ただ絢香の足が思ったより遅くて結局ギリギリになってしまった。それでもいい。間に合った。後は二人掛けの席を見つけて座るだけ。後ろの車両にいけばいくほど人が少なくなっていた。誰も乗っていない車両を見つけ、そこで絢香を窓側に押しやり座った。せめて少しだけでも逃げづらくするためだ。絢香なら逃げないだろうけど、一応ね。
ここからが私の勝負だ。絢香と何か話しているが頭の中はそれどころではない。早く絢香にこれを食べさせて私も食べないと。私の気分が変わってしまわないうちに。タイミングを見計らって私の作ったチョコを絢香に差し出した。
「これは?」
「これねー、実は昨日私が作ったんだ!すごいでしょ?ね、食べてみてよ。」
「え!すごい、お店で売ってるのと見た目大差ないよ!いただきまーす。」
ちゃんと全部食べてる?私は絢香から目が離せなかった。ちゃんと食べてることを確認しないと。
「おいしい!でもちょっと私には苦いかも……。」
良かった。苦いなんて知らない。
「あらら、そっかー、でもちょっとでもおいしくできててよかった〜。ちゃんと食べた?」
食べた?ちゃんと食べた?
「うん!ごちそうさまでした!」
ほっとした。私も早く続かなければ。
「どういたしまして!私も食べよっと。」
震える手で私もチョコを一口で食べきった。
ふと絢香を見ると眠そうな顔の口元にチョコがついていた。それがどうしてか今になってとても愛おしく感じた。
「絢香?もう眠い?」
「んーちょっとだけ?」
「そっか。ねえ絢香、口にチョコついてるよ?」
少しおかしくて、笑いながら口元を指さした。
「やだ、恥ずかしい。どこ?」
「ここ。取ってあげる。」
「ありがとう、柳瀬。」
どうしよう、今になって、もう遅いのに、今になって幸せだと思えてきてしまった。眠りたくない。でもそんな気持ちも儚く現実は冷酷で、際限なく睡魔が襲ってきた。
「どういたしまして。私も眠くなってきちゃった。」
「終点まででしょ?車掌さんがきっと起こしてくれるよ。ちょっと寝ようか。」
「そうだね、海でいっぱい楽しまなきゃいけないしね。」
「うん。」
せめて、最後にちゃんと絢香に向き合うべきなんじゃないか、そう思ったら今までの絢香との思い出がフラッシュバックしてきた。これが走馬灯なのかな、なんて考えながら言葉を探す。
「……。」
「……。」
お互い、しばらくの間何も言葉は出てこなかった。
「……。」
「ねえ絢香」
「もう寝ちゃった?」
返事はない。
「絢香、ごめんね。」
「私……。一人が怖くて。絢香ならきっと許してくれるって思っちゃった。」
「ほんとに……ごめんね。」
堰を切ったように溢れ出す数多の言葉。
「私もね、絢香みたいに仕事で疲れちゃってて。」
「それでね、生きるのもしんどくなっちゃって。」
涙があふれてきて声が震える。
「でも、本当に一人が怖くて。」
「だから、絢香を見つけたときは絶対に離しちゃいけないって思った。」
涙でぼやけた視線の先で少し絢香がほほ笑んだ気がした。
「絢香を手放せば一人で……。」
一人で死ぬしかなかった。
「絢香、まだ起きてる?」
必死にこぼれる涙をぬぐった。
「実はね、絢香のほうだけ少し強めに作ってあるんだ。」
「一人は嫌だよ。でももう私は一人じゃないんだ。」
「絢香が一緒にいてくれるから。」
「だから私は怖くないよ。」
「……。」
「私ももうすぐ寝ちゃいそう。」
涙が更にこぼれ落ちる。
「ねえ絢香。」
絢香……。震えながら絢香にしがみつく。
「絢香、本当にありがとう。」
絢香。絢香。
「おやすみ、絢香。」
大好きだよ。
電車の車窓からは西日に照らされた海が見えていた。
なんだか暖かくて心地がよかった。きっともたれかかっている絢香の体温だろう。久しぶりにこんなに幸せなまま眠りにつくことができる。鮮やかに彩られていた意識が、時間をかけて暗闇に染まっていく。それはまるで、陽が沈むように。
あの時、絢香を見つけてよかった。でも巻き込んでごめんね。いままで本当にありがとう。今の私は信じられないくらい幸せだよ。
あっちでは絢香とたくさん笑っていられたらいいな。
ぼんやりと海ではしゃぐ笑顔の絢香を思い浮かべながら、ゆっくりと眠りについた。
まるで陽が沈むように 不足 @Fus0ku
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