第10話
絢香とのいつもの電話中、私はそろそろこちらにも仕掛けなければと絢香に言った。
「絢香さぁ~」
「ん~?」
「仕事辞めちゃいなよ。」
「えぇ!?やめ……!?」
ここ最近はずっと絢香の家で暮らしていた。といっても絢香が家にいるときだけ絢香の家に行って、それ以外はずっと自分の家であれこれしているのだけど。だって一日中ずっと絢香の相手しているのが面倒だったから。最近は特にメンヘラ度が高まってきていたから、仕事を続けるよう励まして物理的に会う時間を少なくしていた。しかし、自分の身の回りの整理が完了し、チョコレートもうまくいきそうだったため絢香との時間を少し増やしてみることにした。
でもこの時間が増えれば増えるほど私はこの環境が心地よくなってしまうんじゃないかとも思っていた。決意が揺らがない、できるだけ早いうちに計画を遂行したかった。
「でも私仕事のやめ方なんてわかんないや。」
そんなの知らない、自分でどうにかしなよ。なんて無責任なことを考えてしまう。でもこれを言ってしまうと今まで築き上げてきた関係が壊れかねない。
「そんなの飛んじゃえばいいんだよ!明日仕事行かずに朝から私と遊ぼ?絢香。」
知らない。飛んじゃえば辞められるのか?わかんないよもう。社会から離脱してもう1年が過ぎようとしてるし。でも絢香にはそれで良かったみたいで、どうやら飛ぶつもりらしい。
今日は日曜日。明日、週始めの仕事に顔を出さないと絢香の上司からたくさん電話がかかってくるんだろうなと思うとちょっと面白くて見てみたくなった。
「ねえ絢香!今からそっちの家泊まりに行ってもいい?」
「今から?もう0時過ぎてるよ?」
「ダメ?」
絢香は私からの押しにすごく弱いので、これくらいのわがままならすぐ通ってしまう。会社辞めろってわがままが通るくらいだし。
手土産何もなしは家に行く理由がなさすぎるなと思い、絢香の家の近くのコンビニでお酒をある程度揃えて家に向かう。
「絢香〜!お酒買ってきたよ!祝おう!」
「家の前で大声ださないの!お酒ありがとう、ほら早く入って!」
「ただいまー!」
「おかえり!」
家族ごっこか?といつも思うが、ただいまおかえり、行ってきますいってらっしゃいには付き合ってあげている。すごく満足そうな顔をするからそれがなんだか面白くて。この子は私の掌の上で踊っていることに気づかず幸せそうに暮らしているのだ。
私はずっと苦しいままなのに。
そんなことを思いながら酒の肴をササっと適当に作っていた。
「柳瀬。」
「ん、どした?」
めんどくさい声色だ。何か適当な話をしていればよかった。すごくめんどくさいことを聞かれるに違いない、そう思った時にはすでに遅く、絢香の口から続きの言葉が紡がれる。
「私のこと、どうしてこんなに大切にしてくれるの?」
やっぱり。めんどくさいな、私に依存させて私なしじゃいられなくするためだよ。でももちろんそんなこと言えるはずもなく。少し考えたふりをして適当にわかんない、とだけ答えた。そのあとの絢香がどんな顔をしていたかは知らない。知ったところで何にもならない。
次の日、案の定絢香のスマホがずっと鳴り響いていた。私はそれがほんとにおかしくて笑いをこらえるのに必死だった。絢香はスマホにおびえて私にすごくくっついてきたが、無視して電話に出ていい?なんてふざけながらふわふわした一日を過ごした。
*
それから二日後、準備が整った。運よく好きなブランドが水着セールをしていたから外に誘い出すことは容易だった。傷跡がどうので少し渋ってはいたが、私のわがままで半ば強引に海にいくことが決まった。最終の計画はもうすでに練ってある。決行は明後日。明日、チョコを作ろう。
計画を立てるのは少し大変だった。どうやって外に誘い出すか決まっていなかったため、十三時に駅前集合としておいて、逆算で計画を練るしかなかった。しかし直前になって水着セールを見つけ、これしかないと大慌てで計画の微調整を行った。
海に行くとは言いつつも水着なんて着るつもりはない。代わりに新しい服でも着させてあげようかな。真っ黒な、喪服を。まあ絢香のことだし、デザインがあるから気付くわけもないだろうけど。店舗に在庫があることを確認し、店から駅までの経路も確認した。この距離はどれくらいの時間で移動できるのだろうか。私もそうだが絢香も体力がないため少し走れば疲れるだろうと思い、わざと店を時間ギリギリに出て駅まで走らせるようにと入念に計画を練った。これで電車で眠くなるのは必然だと思ってくれるはず。
チョコレートの作成もうまくいった。絢香には少しだけ先に眠ってもらうことにした。私の目で確認しないと不安だから、ちゃんと眠ったことを確認してから私も眠れるように分量調整は抜かりなく。
いよいよ明日だ。大丈夫、身の回りのものは全部捨てたし、この世に未練なんてない。大丈夫。そう何度も言い聞かせ、翌日。駅前で絢香と合流した。
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