鼻くそ
津多 時ロウ
*
右手人差し指の爪が気になる。
親指の腹で触ると、尖っているような気がする。
さっき切ったばかりなのだが、どうやらまた失敗してしまったようだ。
全部で十本ある指の中で、私は何故か右手人差し指の爪だけ、上手に丸く切ることができないのである。
なぜこうなってしまうのか愚考するに、左右から切り始める癖のせいだろう。
さて、こうなったら爪の先端を美しく丸めなければならないのだが、おっと、こいつはいけない。
つい、いつもの癖で鼻に指を差し込んでしまった。
これは昔からの悪癖で、私という人間は、事あるごとに鼻をほじってしまうのだ。
もちろん職場ではほじらない。でも、無意識下でほじっている可能性は否定できない。
それくらい、鼻をほじる行為が、所作として完成されているのであろう。
そうこうしているうちに、ほどよく育った鼻くそが無事にほじり出された。
実に気分が良い。
しかし、明日からいつも通りに仕事が始まってしまうことを思い出して、私のほんの少しの充足感はあっという間に萎びてしまうのだ。
だいたい、課長命令で一生懸命に進めていたプロジェクトが、部長の一声でなくなるというのはどういうことだ。
挙げ句の果てに、いつの間にか私が勝手にやったことみたいになっているし。
課長も課長で……いや、課長は悪くない。
あの人はいつも部下に気を遣っている。もちろん、部長にも気を遣っているから、今回のようなことになっても、愚痴の一言も言わないのだろうけど。
つまり、部長がくそであり、鼻くそであるということだ。
そのとき、右手人差し指の先端に、かなりの大物を予感させる感触があった。
これはまたしっかりしているものを掘り当てたぞ。
進入角を変え、力加減を変えて、私はそいつに挑む。
不慮の事故はあるが、これは努力すれば期待通りの結果は得られるものだ。
そうして私は、少しずつ大物を引きずり出していく。どこかに引っかかることはあったが、概ね順調だった。
それにしても大きい。
先端を視界に捉えられる段階になっても、まだ鼻の奥とつながっているのである。
ああ、これをすべて引きずり出せたなら、どんなに気持ちの良いことだろうか!
けれど、相手もなかなかに強情だ。
この期に及んで、まだ何かに引っかかっているようだった。
こうなればと、本来なら途中で切れてしまうような強い力を入れる。
動いた。
切れずに、ずるりと。
世界が暗転する。
それでも私は止まらない。構わずに引っ張り続けていると、やがてトンネルの出口のように視界が明るくなった。
目がくらみ、視界がままならない。
それは、私の顔だった。
『鼻くそ』 ― 完 ―
鼻くそ 津多 時ロウ @tsuda_jiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます