鼻くそ

津多 時ロウ

 右手人差し指の爪が気になる。

 親指の腹で触ると、尖っているような気がする。

 さっき切ったばかりなのだが、どうやらまた失敗してしまったようだ。

 全部で十本ある指の中で、私は何故か右手人差し指の爪だけ、上手に丸く切ることができないのである。

 なぜこうなってしまうのか愚考するに、左右から切り始める癖のせいだろう。

 さて、こうなったら爪の先端を美しく丸めなければならないのだが、おっと、こいつはいけない。

 つい、いつもの癖で鼻に指を差し込んでしまった。

 これは昔からの悪癖で、私という人間は、事あるごとに鼻をほじってしまうのだ。

 もちろん職場ではほじらない。でも、無意識下でほじっている可能性は否定できない。

 それくらい、鼻をほじる行為が、所作として完成されているのであろう。

 そうこうしているうちに、ほどよく育った鼻くそが無事にほじり出された。

 実に気分が良い。

 しかし、明日からいつも通りに仕事が始まってしまうことを思い出して、私のほんの少しの充足感はあっという間に萎びてしまうのだ。


 だいたい、課長命令で一生懸命に進めていたプロジェクトが、部長の一声でなくなるというのはどういうことだ。

 挙げ句の果てに、いつの間にか私が勝手にやったことみたいになっているし。

 課長も課長で……いや、課長は悪くない。

 あの人はいつも部下に気を遣っている。もちろん、部長にも気を遣っているから、今回のようなことになっても、愚痴の一言も言わないのだろうけど。

 つまり、部長がくそであり、鼻くそであるということだ。


 そのとき、右手人差し指の先端に、かなりの大物を予感させる感触があった。

 これはまたしっかりしているものを掘り当てたぞ。

 進入角を変え、力加減を変えて、私はそいつに挑む。

 不慮の事故はあるが、これは努力すれば期待通りの結果は得られるものだ。

 そうして私は、少しずつ大物を引きずり出していく。どこかに引っかかることはあったが、概ね順調だった。

 それにしても大きい。

 先端を視界に捉えられる段階になっても、まだ鼻の奥とつながっているのである。


 ああ、これをすべて引きずり出せたなら、どんなに気持ちの良いことだろうか!


 けれど、相手もなかなかに強情だ。

 この期に及んで、まだ何かに引っかかっているようだった。

 こうなればと、本来なら途中で切れてしまうような強い力を入れる。

 動いた。

 切れずに、ずるりと。

 世界が暗転する。

 それでも私は止まらない。構わずに引っ張り続けていると、やがてトンネルの出口のように視界が明るくなった。

 目がくらみ、視界がままならない。

 ようやく目が慣れた頃、目の前には目玉が無い人間の顔が横たわっていた。


 それは、私の顔だった。



  『鼻くそ』 ― 完 ―

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鼻くそ 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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