第6話

春日井小氷は、遠くに浮かぶ空中テニスコートをぼんやりと眺めながら言った。「テニスって、キャッチボールと違って、相手が必ず受け取らなきゃいけないわけじゃないじゃない? 何かをメッセージとして投げて、それを打ち返してもらうっていう行為の連続。『こういうボールを打ちました』『こういうボールを打ち返しました』『また、こういうボールを使います、打ち返しました』…っていう、ある意味お互いの合意を求め合うようなスポーツだと思う。他にもスポーツはあるけど、こういうやり取りが直接的に目に見える形で現れるのって、テニスの美」


春日井弥深はラケットの音が頭に浮かぶように目を細めた。「確かに。ラケットの音が響く瞬間って相手の気持ちがそのボールに乗って、打ち返される。その行為、そのものに、恋愛的感情の交換という、やり取りが重なる気がする。それはとても百合らしいイメージ」


「百合の静的と動的って……ここで言う静的っていうのは、密度と重さ、数値的で方程式的な感じ。一定のルールや秩序に従って保たれているような、落ち着いた状態のこと。動的は、逆に密度や重さの変化が頻繁に起きる感じで……」


「動的、例えば過剰な愛情表現、でも表現しなければ愛情は伝わらないっていう関係であれば、過剰か過剰でないかの違いでしかない」


「静的、その人が存在していること自体が、愛情表現になることもあると思う。その人がこの世界にとどまること、そこにいること自体が、好きな人への思いやり、愛情。恋と愛の両価的な側面」




***




小氷は遠くに浮かぶテニスコートを指差し。


「たまには行ってみる?」


弥深も目を輝かせて応えた。


「もちち」

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頭の中のテニスコート 紙の妖精さん @paperfairy

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