エピローグ

全国を騒がせた静岡連続女性殺人事件は、真犯人である風間颯斗の逮捕によって幕を閉じた。


当初「水城湊を容疑者として移送」と報じられたのは、警察による情報操作であったことが明らかになる。

囮捜査のために意図的に流された虚偽の報道。

その舞台裏が正式に公表されることはなかったが、結果的に颯斗を誘き寄せる罠として成功した。


世間は安堵の声をあげた。

だが、供述で関与が浮かび上がったはずの風間正人について、どのニュースも触れることはなかった。

権力が働いたのか、痕跡は巧みにかき消され、名を問う者さえいなくなっていた。



こうして湊は無罪放免となり、疑いを晴らす形で日常へ戻った。

 


奏は事件を忘れるかのように、以前にも増して仕事に打ち込み、ドラマや映画の撮影に引っ張りだこになっていった。

スポットライトを浴び、歓声を受けることで、自分がまだ「生きている」と実感しようとしているかのようだった。



一方の湊は、殺人事件の舞台となった村に「汚名を返上する」と心に誓った。

観光プログラムを見直し、町おこしに奔走し、外から訪れる人々を精力的に受け入れていく。

その姿は村人たちの誇りを取り戻す灯火となっていた。


それでも二人の胸には、颯斗が最後に吐き捨てた言葉が鈍い棘のように残っていた。


――お前らのどちらかが次の俺になるかもしれないな。


互いにその言葉を口に出すことはない。

ただ、笑顔の裏で深く刻まれたまま、消えることはなかった。


 



一年後。

颯斗の死刑が最高裁で確定した。

法廷で宣告を受けたとき、彼は何の動揺も見せず、むしろ薄い笑みを浮かべていたという。



そして――その夜。

 


刑務所の廊下を、看守がいつものように歩いていた。

 

独房の小窓を一つひとつ覗き、鍵のかかった扉に視線を走らせる。

何度も繰り返してきた退屈な見回り。

その一環として、颯斗の独房の前に立つ。


扉を開け、夕食の食器を下げようとした、その時。




――そこにいるはずの男の姿は、どこにもなかった。

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交錯 Ren S. @rens3

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