第14話 終焉の残響

取調室の蛍光灯はいつものように冷たく、机の上の書類を無慈悲に白く浮かび上がらせていた。

録音機のランプが赤く点滅し、壁の時計の秒針だけが確実に時を刻んでいる。

ベテランの刑事が静かに封筒を置き、視線を颯斗に合わせる。


「風間颯斗。まずは義母の件だ。事故死とされているが、当時駆けつけた警官から違う証言もでていた。あの日の真実を話してくれないか?」


「ああ、あれか。罵られて逆上して階段から突き落とした。後ろが階段だとわかってて、突き落としたんだ。」


刑事は言葉を失い、若手が顔を引きつらせる。

颯斗は続ける。


「そこで見た死顔は最高の美だったよ。何も語ることのできないあの表情。何の褒美をくれない義母からの最高の贈り物だったね。」


颯斗は椅子にもたれ、口元に薄い笑いを浮かべた。

顔は穏やかだが、内側には何か燃えたぎるものがある。


刑事はメモを取り、声を押し殺して次の紙をめくる。

前の章で示された光景が、今ここで短く確認される。

颯斗はそれを淡々と肯定しただけだったが、言葉の端に漂う快楽めいた静けさは、聞く者の背筋を寒くさせた。


若手が一歩前に出る。

手には未解決の失踪事件の一覧表がある。

目が微かに揺れていた。


「近隣で不自然に相次いだ失踪についてだが……関与はあるのか」


「あれか、あれも俺がやった。遺棄した場所も教えてやるよ。そこからごっそり出てくるはずだ。――みんなすごくいい顔だった」


刑事の背筋がゾッとする。しばらく沈黙が続く。


「それだけの人数を手にかけたのに、なぜ疑われなかった? どうやって隠し通せたんだ」


「全部、正人が揉み消したんだよ。俺じゃなくて自分を守るためにな。」


――暫くの沈黙の後、颯斗の目がわずかに泳ぐ。思い出すように口を開く。


「あぁ、そう言えば……二年前、父の書斎で書類を見つけた。養子縁組の裏帳簿だ。院長にそれを突きつけて、全部白状させた。そいつはその後、自ら命を絶ったみたいだな。この目で死顔を拝めなかったのは残念だったよ。」


取り調べ側は驚きを押し殺し、平静を装い本題を切り出す。


「今回の件だ。どのように計画し、実行した?」


「正人の金を使って、あらゆる情報源から情報を漁った。奏は人気俳優だったから簡単に調べられたよ。だが、湊は苦労した。村を特定してからは入念にあいつの行動を観察した。」


「だから、アリバイが立証しづらい“夜の一人の時間”を狙ったのか?」


「ああ。アイツはかなりの頻度で夜中、罠の様子を見に行っていたからな。好都合だったよ。ただ、その時間まで女を拘束しておくのは苦痛で仕方なかった。生きている女の顔は醜過ぎる。」


刑事たちは内心で言葉にならない感情を抱く。

次いで、奏まで疑われたことに触れる。


「あいつまで疑われたのは嬉しい誤算だった。影人とかいうやつは余計だったけどな。」


「だが三人ともアリバイは立証された。それも想定内だったと?」


「まぁ、そう簡単じゃないよな。だから次は奏に罪を着せようと、酒に薬を盛り拉致した。」


刑事の表情が変わる。点と線が結びつく。


「だから奏君は手足を縛られて発見されたのか。つまり、それも計画だったと」


颯斗は続ける。

言葉の端に悔しさが滲む。


「しかし女を逃してしまった。それがこの計画の一番の誤算だ。」


警官が問い詰める。


「その逃げた女性にバラされると?」


「いや、俺の存在を知らない奴が女の話を聞いても疑われるのはあいつら二人。その間に逃げる算段だったが……」


言葉が途切れ、顔を曇らせる。


若手が補足するように言った。


「お前が殺した村の女性に見つかったってことか」


「そういうことだ。これで計画は完全に崩れた。だから奴らを誘き寄せて殺そうと、実の父のところへ向かったんだ」


「――やはりあれもお前が」


「俺を見捨てた親だ。報いを受けて当然だろ?」


颯斗は不適な笑みを浮かべる。

だが次の瞬間、表情にわずかな揺れが生まれる。


「――ただ、結局はあいつも正人と同じだったんだ……」


どこか同情めいたものを含んだ短い吐息。


「それで、逆にお前らの計画にハマり、今ここだ。満足か?」


取り調室に沈んだ怒りが漂う。

刑事は込み上げる憤りを抑え、短く言い放つ。


「覚悟しておけよ。」


それだけを残し、取り調べは終わる。

録音機の赤いランプが消され、颯斗は連行された。


やがて、颯斗を裁く裁判が始まる――

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