第4話:生存確認



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### 第4話 生存確認


ビルの屋上から踏み出した足。風を切る音。地面に叩きつけられる、一瞬の衝撃。そこで俺の意識は途切れた。完璧な自殺だったはずだ。


だから今、俺の意識は穏やかな暗闇の中に浮かんでいた。身体という重い枷から解き放たれ、魂だけになったような、不思議な浮遊感。

多額の借金、鳴りやまない催促の電話、取引先の罵声、家族の呆れた顔……。もう何もかも思い出す必要はない。


ピッ……ピッ……ピッ……


規則的な電子音がどこか遠くで鳴っている。三途の川の渡し船の合図か何かか。どうでもいい。もう俺には関係のない音だ。


「……さん……しっかり……」


誰かが俺を呼んでいる。妻の声だ。その声を聞くと、俺が家族に残すはずだった保険金のことが頭をよぎる。そうだ、俺が死ねば、少しは楽になるはずなんだ。頼むから、もう俺を探さないでくれ。


そう思って、永遠の眠りにつこうとした、その時だった。


チクリ。


右腕に、鋭い痛みが走った。

……は? 痛み? なんで? 死んでるのに、痛いわけがない。幻覚か?


「先生、血圧が安定しません!」

「昇圧剤、追加で!」


ざわつく声が、さっきよりずっと鮮明に聞こえる。違う。これは天使や悪魔の声じゃない。もっと生々しい、人間の声だ。

そして、さっきとは比べ物にならない激痛が、胸に突き刺さった。


ドクンッ!!


まるで心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃。


「戻った! 心拍再開!」

「〇〇さん! 聞こえますか! 私の手がわかりますか!」


俺の手を、誰かが強く握っている。その温もりと、力強い感触。

嘘だろ。


これは、死後の世界なんかじゃない。

俺は、死ねなかったのか。

あの地獄に、また引き戻されてしまったというのか。


(俺は、生きているのか)


その自覚は、祝福ではなかった。無期懲役の判決だった。

この痛みと苦しみが続く牢獄に、俺は再び繋がれたのだ。


(やめてくれ。その善意で、俺を地獄に引き戻さないでくれ……!)


ピッ……ピッ……ピッ……

無慈悲な電子音が、俺がまだ「生きている」という事実を、冷酷に告げ続けていた。

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*死ぬほど疲れた夜、電車は本当に死へと向かう。 志乃原七海 @09093495732p

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