僕は伝説の剣を振らない

齊藤 車

僕は伝説の剣を振らない

 目の前で、勇者一行が30年ぶりに封印から解かれた魔王と熾烈な戦いを繰り広げていた。


 勇者が剣を振り、魔法使いが炎の魔法を唱える。


 僧侶が聖なる力で傷を癒し、武闘家が凄まじい打撃を繰り出している。


 僕は伝説の剣を抱えて、岩陰に隠れて怯えながら眺めていた。


 かつて魔王を封印した名もなき剣。30年前に魔王を封印した勇者の亡き後、誰にも鞘から抜くことすらできなくなってしまった剣が、僕にはなぜか抜くことができた。


 抜けたのなら鞘に戻さなければいい。それを使って誰かがもう一度魔王を封印しに行けばいい。


 だけど、剣には不思議な力が宿っているようで、鞘から抜いた剣を僕以外の人が持つと立ちどころに力が抜けて、剣を振るうことも、立つことすらままらなくなってしまう。


 だから、僕はこんな危険なところまで連れてこられてしまっている。


 どうして僕なんかが選ばれてしまったのだろう。


 僕が剣を抜いてしまった時の勇者候補たちの憎悪のこもった目、何故お前なんかが、と落胆する人たちの目が忘れられず、今でも時々夢に見る。


 ここで今戦っているみんなも、足手まといにしかならない僕を疎ましく思っていることは知っている。それを隠そうともしていない。勇者なんていつも僕のことを親の仇のような憎悪のこもった目で睨んでくる。


「おい、ノロマ! ぼさっと突っ立ってるな、もっと離れろ」


 そんなこと言ったって、どの技がどのくらい危険で、どれくらい離れなきゃいけないなんて誰も教えてくれなかったじゃないか。


「馬鹿、離れ過ぎだ!」


 あちこちから怒号が飛び交う。


 激しい戦いの中、とうとう魔王が膝をついた。


「何してる! 俺たちが抑えているうちに斬れ!」


 みんなが各々の力で魔王を押さえつけている。


 怖くて膝に力が入らない。何度も転びそうになりながら、恐る恐る魔王のそばまで近づいた。


「……は、早くしろ! もう抑えられない」


 僕しか抜けない剣を抜く。


 魔王と目が合った。なんとなく見たことのある目のような気がした。


「急いで……このためにどれだけの犠牲を払ってきたか分かっているの?」


 魔法使いの言葉に振り上げた手がぴたりと止まる。


 犠牲? 僕に勝手に押し付けておいて、なんて恩着せがましいのだろう。


「何のためにここまで連れてやったと思ってる! 早く斬れ」


 やった・・・? 連れてきてくれなどお願いしただろうか? さんざん途中で捨てていこうと言っていたじゃないか。


 僕は剣を鞘に納めた。


「お前……何を」


 困惑した勇者の目の前に剣を投げる。


「自分でやりなよ。僕には何も期待してないって言ってたじゃないか」


 みんなの顔がみるみる青ざめていく。いい気味だ。


「人類の未来がかかっているんだぞ!」


「誰も僕の気持ちを考えてくれなかったのに、僕は人類の未来を考えなきゃいけないの?」


 膝をついていた魔王がゆっくりと立ち上がり始めた。もう一度魔王と目が合った。不思議と恐怖は感じなくなっていた。


 今度は勇者たちが膝をつく番だった。


 僕は勇者たちが魔王に蹂躙される様を、近くの岩に腰掛けてじっくり眺めた。


 最後まで戦っていた勇者が倒れ、最後に僕を恨めしそうに眺めて力尽きた。


 魔王と僕の二人だけになった。


 僕は転がっている剣を手に取って、ゆっくりと鞘から引き抜いた。


 剣は今まで見たことのない輝きを放ち始めた。


 魔王が僕に手を差し伸べる。


 光る剣を手に、無言で魔王とにらみ合う。


 そして、剣をゆっくり鞘に納めた。


 ――僕は伝説の剣を振らなかった。

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僕は伝説の剣を振らない 齊藤 車 @kuruma_saito

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