彼は歩き続ける。沈黙に閉ざされた世界に、光は見つかるのだろうか。
- ★★★ Excellent!!!
閉ざされた香の間で、ただ “器” として生きる少年。
香と沈黙の中に沈められ、見ることも語ることも限られた世界で、
彼はまるで息を潜めるように日々を過ごしている。
──ある夜、外から届いたひとつの声が、その世界にかすかな揺らぎを落とす。
ただ話しかけられただけ。
ほんの数語、答えただけ。
それだけで、香の流れも、空気の張りつめ方も、静寂の輪郭すら変わっていく。
この物語の魅力は、劇的な事件ではなく、
“心が世界に触れはじめる瞬間” を異様なほど繊細に描くところにある。
香の濃さ、風の温度、足裏の感触──
すべての描写が、少年にとっての「初めて」に寄り添っていて、
読んでいる側の感覚まで揺さぶられてくる。
彼の世界は狭い。でも、深い。
だからこそ、外から差し込むわずかな光が、まるで大事件のように迫ってくる。
誰かの声が届くだけで、こんなにも胸が締めつけられるのかと思うほど。
さらに、周囲の大人たちの視線にも温度差があり、
“守るための規律” と “守られてきた子ども” の間に生まれる緊張が
静かに、しかし確実に物語を動かしていく。
善悪の単純な話ではなく、
「どうあってほしいか」より前に「なぜそう在るのか」を問う物語。
静かで、痛くて、でもどこか優しい。
読み進めるほど、沈黙の向こうにいる少年の息遣いが近くなる。
言葉に触れた瞬間から、世界が少しずつ動き出す。
そんな“揺れ始めの物語”が読みたい人に、強く勧めたくなる作品。