決断


「ついてきな」


 正春は、その猫についていく。

 ロクスケと名乗った猫に案内されるまま、夕暮れの町並みを歩いていく。商店街を抜けて、しばらくすると――とある神社へとたどり着いた。赤い鳥居を抜けて、神社に入る。


「え、と」


 うろ覚えの手順を思い返しながら、洗い場で手を洗い、口をすすぐ。

 賽銭箱の前に立った。

 足元のロクスケが、視線で促してくる。


(ああ、そう言えば――)


 ふと、思い出した。いつだったか、ネットの噂で見た情報。奇怪な事件に巻き込まれた時に、祈りを捧げれば助けてくれる神社がある。ここが、その場所なのだろうか。

 占いやおまじないにすがりたかった時期に、目に止まった情報だ。その時は半信半疑であったが――ユメという超常的な存在と出会い、今はヒトの言葉を話す猫がいる。だから、正春はごく自然に受け入れていた。


 賽銭箱に五百円玉を入れて、手を合わせる。


「お願いします。ユメを助けてください」

 

 自分の夢を叶えたい。けれども、ユメを犠牲にしたくはない。それもまた本心であった。

 ――だから、


「その願い、聞き届けたり」


 彼の言葉に応えて、彼女は姿を現した。

 ふわり、と舞い降りる。

 巫女装束の可愛らしい少女。

 十代前半ほどで、ほっそりとした身体つきの娘だった。栗色の髪を左右で縛り、前髪には紙垂しでを象った髪飾りをつけている。


 正春は、知る由もなかった。

 かつて忠彦が出会った黒い少女。禍々しい雰囲気とは真逆でありながら――けれども、姿


 少女は、自分を言織と名乗った。正春の話を聞いてくれて、一緒にアパートに来てくれることになった。巫女服姿は目立つのか、少女らしい私服に着替えている。もうひとり――少女のような細身の少年も合流した。



 ――そして。


「なるほどね」


 正春のアパート。

 少年――景は、寝込んでいるユメを見て頷いた。正春から聞いた事情と合わせて、状況を理解したようだ。


「自身の妖力を削って、運気を操作する能力だね」


さとでは、見なかった顔だな」


 と、ロクスケ。


「つい最近、人間界で生まれた妖怪ってことか」

 

 猫が喋っている。少年の右目は赤黒く肥大化している。そんな状況を前にして――正春は特に驚くことはなかった。

 もはや今更。それよりも、優先すべきことがある。


「な、なあ! どうすればユメは助かるんだ?」


 言織は少し哀しそうな顔。景と呼ばれた少年は、少し不機嫌そうに顔になった。


「簡単だよ。契約を解除すればいい」


 どこか冷たい声。


「この子は、君とつながって運気を操作している。そのために、自身の妖力――存在を削っているんだ。だったら、その契約をやめればいい。簡単なことじゃないか」


「…………」


 正春は言葉に詰まる。続く景の言葉が、突き刺さった。


「自分の欲望は叶えたい。けれど、犠牲は出したくない。虫のいい話じゃない?」


 正論。

 言い返せない。自分の心を見透かされて、うなだれてしまう。


 けれど――


「景、少し言い過ぎ」


 反論したのは、言織だった。

 外そうにそちらを見ると、彼女は怒ってくれているようだ。こんな自分をかばってくれると言うのか。


「へえ、君はこの人間の肩を持つの?」 


 景は鼻を鳴らす。


「当然だよ。このヒトは、あたしの参拝客なんだ。肩入れするのは当たり前じゃない」


「…………」


 ふたりの間に、剣呑けんのんな空気が流れる。

 正春は取り持とうと身を乗り出しかけたが――

 小さな手が、自分の右腕に触れた。大した力でもないはずなのに、動きを止められてしまう。ロクスケだった。手、と言うより前足で制止したのだ。

 目が合うと、『心配するな』と視線を向けてくる。言織と景に向き直ると――その空気は和らいでいた。



「……そうだったね、ごめん」


 折れたのは、景だった。


「少しイライラしていたよ。言織の言う通りだね」


 それから正春に顔を向けて、軽く頭を下げた。


「謝罪するよ。少し、言葉が冷たかったね」


「……いや、そんなことは」


 景の言葉は間違っていない。謝られるのは、こそばゆかった。


「あなたの言うことは、正しいよ。やっぱり、虫のいい話だと自分でも思う」


 ――犠牲にしてでも、夢を叶える。それが代償だ。

 忠彦の言葉も、真理なのだろう。


「そうかしこまられると、反応に困るな」


 苦笑する景に、言織は小さく笑う。ふたりはもう大丈夫なようだ。さすがは、仲間。ロクスケは、こうなることがわかっていたのだ。


「まあ、申し訳ないけど。同じ言葉を繰り返すよ」


 ――君は、契約を解除した方がいい。


 今度は、突き放すような言い方ではなかった。

 景は丁寧に続ける。


「契約自体は、正当なものだからね。他人が口出しできることじゃない」


「……そうなのか?」


 いまいち納得ができなかった。命を削ることを代償とした契約、そんなものがゆるされるというのだろうか。


「こっち側のルールだからな」


 腑に落ちない正春に、ロクスケが補足してくる。うろ覚えだったが、法律では確か、当人同士が納得の上でも無効になる契約があったはずだ。


「人間のルールとは少し違う。力づくの呪いだったり、騙したうえでの外法の契約だったら――俺達でもどうにか干渉できる。けれど、こいつはそうじゃない」


「それでも、敢えて言うよ?」


 と、景。

 

「君がこれは犠牲だと割り切れる人間だったら、構わない。もし契約を続けて、犠牲の上に夢を叶えたとしても、君は絶対に後悔する」


 そうして、一生――消えない罪悪感を抱えて生きることになる。それは呪いのように、死ぬまで心をさいなみ続ける。


 だから、契約を打ち切った方がいい。


「冷徹になるには、


 言織が、更に言葉を重ねてきた。

 もし正春がそうでなかったら、そもそも自分と出会えていない。

 あの神社にたどり着くには、条件がある。それは、善人であること。正しい心を持っていること。そんな人間が助けを求める心が生み出した場所であること。自分は、そこを司る存在であること。


 断言されて、断定されて、迷いは消えた。

 いや――心の奥ではもうわかっていたのだ。



『割り切れよ』


 正春を、説得しようとしてきた。


『情なんて捨てろよ。あいつらは、人間じゃないんだ』


 正春に、押し付けてきた。


『そもそも、俺達は他の何かを犠牲にして生きているんだ。何かを殺して喰ってそうやって、生きているんだ』


 ――それと、同じだろう?


(違う)

 

 人間でないものを食って、腹を満たす。

 人間でないものを喰って、心を満たす。

 それは、まったく、同じなはずだ。

 

 何を、ためらう。

 何を、迷う。

 

 その言葉は、悪魔の囁きだった。

 どれだけ、渇いてきた。

 どれほど、望んできた。

 それを、全部、何もかもが、あと一歩でかなう。

 

 醜い化けもの一匹を生贄に、届く。


(……違うんだ)


 正春は、そんな現実を受け入れることはできなかった。

 忠彦と同じ道を選ぶことは、できなかった。


 だから、ユメとの契約を解除することを選ぶ。


「……わたしは、構わないのに」


 苦しそうな声で、それでもそんな言葉を口にするユメ。

 

 彼女が喜んでくれた。

 彼女が、嬉しがってくれた。

 それが、本当に自分でも嬉しかった。



 ――だからこそ、そんな彼女を犠牲にはできなかった。

 市東正春には、できなかったのだ。


 

 









 今回のお話は、あと2話ほどで完結します。予定より少し早い投稿でしたが、数日ほどバタバタしますので、次回更新はちょっとお待ちください。

 邦山忠彦は犠牲を選んだ。その結果、夢は成功した。

 市東正春にはできなかった。その結果は――


 ふたりは、それぞれ違う神社にたどり着きました。その時点で、もう結果は決まっていたのでしょうね。

 

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