第20話 君が殺した僕を、君が救う

赤信号が夜を染める交差点。

未來と羽村の視線が僕に集まる。

「偽装死……そんなこと、本当にできるの?」

未來の声は震えていた。


「できる。二十四歳の俺が残した計画は、そのための布石だ」

僕は端末を握りしめた。

「囮を演じ、証拠をすべて“観測主”に転送する。俺が死んだことにすれば、この因果は断ち切れる」


「でも……本当に君がいなくなったら、私は……」

未來の目に涙が滲む。


僕はその頬に手を添えた。

「大丈夫だ。死ぬのは“記録上の俺”だけだ。生きる未来は、君と一緒に掴む」



その瞬間、信号が切り替わり、無人のトラックが再び突っ込んでくる。

御影の声が空から響いた。


『さあ、選べ! 愛する彼女か、お前自身か!』


僕は未來を抱き寄せ、囁いた。

「信じてくれ。――君が僕を殺すんだ」


未來の瞳が揺れる。

「……え?」


僕は端末の転送スイッチを彼女の手に握らせる。

「このボタンを押せば、俺の死亡記録が送信される。

 俺が死んだと“世界に刻まれる”。代わりに観測主の全データを道連れにできる」


未來は涙をこぼしながら首を振る。

「そんなの……私にはできない!」

「できる。君にしかできない。――だって“君が殺した僕を、君が救う”んだから」


迫るヘッドライト。

赤信号の中、トラックの影が巨大に迫る。


未來は叫び声とともに、ボタンを押した。



閃光。

衝撃音。

世界が一瞬、真っ白になった。


……次に目を開けたとき、僕はまだ交差点に立っていた。

だがトラックは跡形もなく消えていた。

スマホの画面には「観測主アカウント削除」の文字。


「……成功したのか?」

息を呑む僕に、未來が駆け寄ってきた。

「生きてる……本当に……!」


彼女は僕の胸に飛び込み、声を上げて泣いた。

羽村も安堵の息を吐く。

「世界は“お前が死んだ”と認識した。だから因果は断ち切れたんだ」



その後。

名簿の上では、僕は“死亡扱い”になった。

新しい名前を与えられ、別の人生を歩むことになった。


けれど、未來は隣にいる。

彼女は線香花火を取り出し、笑顔で火をつけた。

小さな火玉が揺らめく中、彼女は囁く。


「今度こそ、届いたね」


僕は頷いた。

――そうだ。君が僕を“殺した”から、君が僕を“救った”。

矛盾に満ちた物語は、こうして終わりを迎える。


赤信号は青に変わり、夜の街に風が吹き抜けた。

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君が殺した僕を、君が救うんだ @Naraouka

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