世界をつくる描写

きせのん

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 ただ一人で歩く。、退屈な場所だ。


 後ろから足音がして、同じクラスのかえでが話しかけてきた。

「よっ、コースケ」

「……ああ、楓か」

 楓か、とは言ったけどそんなこと百も承知だ。なぜなら、俺がそうしたのだから。


「ねえ、なんでここには何も無いの?」

「俺がまだ描写してないからだ」

 言って、俺は前に目をやる。

 いつも通りの、高校からのだ。

「うお、急に景色が出てきた——けどなんか、ぼんやりしてない?こう、住宅街ってのは分かるんだけどさ」

「別に一軒一軒語る必要なんてないだろ、適当な想像で補っといてくれ。」

 第一。

「それを言うならお前、その服は大丈夫なのか」

「え?うわ、なにこれ、制服っぽいけどよく分からない見た目」

「ここは『高校からの帰り道』だからな。制服が一番自然だってことだろ」

 俺も下を向いて自分の服を見る。

 白いワイシャツに、青緑と白のストライプのネクタイ。これといった特徴のない、灰色のズボン。

 要するに、うちのだ。

「お、急にはっきりした」

 俺がそう言ったからな。

「この、今急に暑くなったのもコースケのせいだったりする?」

「いや、そうとは言い切れないぞ。俺は『夏服』って言っただけだ。責めるなら、夏服は夏に着るものだという常識を責めてくれ」

 なかなか詭弁だと思う。


「ちなみに実を言うと、今の発言までそんな常識はなかったんだが……まあそうだな、強いて原因を定めるなら『観客』じゃないか?」

「はあ?観客?」


 俺もあまり理解はしていない——と決められている——のだが、とにかくこの世界は、外の何者かの干渉を受けている。

 見ての通りほとんど何もないし、ある物も大体ぼんやりとしている。しかし俺が注意を向けると、その辺りだけ急に鮮明に映し出されるのだ。

 そうやって説明すると、楓はやけにすんなりとその事実を受け入れた。


「つまりコースケがこの世界の、いわば主人公ってこと?」

「あ、ああ」

「じゃあコースケが認識すればなんでも出来る?」

「いや、そんな大それたことは——」

「ねえ見てあれ、ものすごい美人さんが歩いてくる」

 その前を指した指につられて前を向く。

 道の向こうから、が歩いてきている。

 もう少し近づくと、本当にとても綺麗な人だった。整った顔立ち、すらっとした腕や脚。思わず少し息を詰めてしまうような美しさだ。

 通り過ぎて、やがて角を曲がって見えなくなる。


「やるなお前、俺を利用して好き放題するとは」

「でもあの人、綺麗な人だってことは分かったんだけど、やっぱり微妙にぼんやりしてたね」

「ああ悪い、俺の語彙力が足りないせいで『綺麗』としか言えなかったんだ。まあ綺麗だったし許してくれ」

 そう言うと不服そうな顔をしながら、一応首を縦に振りはした。

 

「え?ねえコースケ、私今頷いた気でいたんだけど、頷けてないよね」

「ああ奇遇だな、俺もお前が頷いていたつもりだった。あそこで俺が頷くのは意味が分からないからな」

「……はぁ、そういう脈絡のないことをしないでほしい。混乱する」


 こんな風に上手くやれば、過去の改変も多少はできるらしい。

 あえて主語をぼかしておくことで、後からの補足で状況をいじれるようだ。

 特に用途は思いつかないことだけが欠点か。


「そういえば、お前がこの世界に生まれたのは3行目だぞ」

「その前の記憶もあるんだけど……そっか。」

「ちなみに俺は1行目だ」

「偉そうに言う割に全然変わんないじゃん」


 それから俺たちは、他愛もないことを喋りながら歩き続けた。

 新しい話になる度に、どこかで世界が鮮明になっているのだろう。見る手段がないので確かめることはできないけれど、「クラスメイトの」について話せば、その瞬間にどこかで「高井」が生まれるはずだ。


 しばらくして。

「ねえ、いつまで歩けばいいの?」

「あ、そういや忘れてたわ」

 帰り道、としか言っていなかったから終わりがなかった。

 道の先に目を向けると目的地、学校のが目に入った。住宅街の中、その辺りだけ建物が高くなっている。

 地上2階を東西に走る。鈍色の車体に緑色の線が入ったがちょうど出発していくのが見えた。

「おお、ずっと前見てたのに出てくる瞬間分からなかったよ。すごい自然」


 感心していた楓は、ふと気がついたように疑問を口にする。

「ねえ、そういえばさっきの綺麗な人はどうなったの?」

「ああ、消えたぞ」

「えっ」

「俺の意識に入っていなければ、いないのと同じだからな」


「……ねえ、コースケって帰りどっちだっけ」

 微かに声が震えている。死ぬのが怖いということか。

 下手な希望は見せるべきでないかもしれないが、少し哀れに思えてしまう。

「お前と同じ方だ」

 そう答えると、明らかにほっとした様子だ。

 だが。

「別に俺と同じだからって、消えない訳じゃないぞ?」

「どういう、こと?」

「どういうも何も、俺だってこの世界の住人でしかないからな。『観客』が終わりだと言ったらそれまでなんだよ」

 強いて言うなら、終わるとすれば物語のキリがいいときだろうか。

 それ以前に飽きられないことを祈っておくとしよう。

 

「わあ。さっきまで駅の外にいたのにもうホームだね」

「描写してないからな」

 そうして俺たちは、まだどこに向かうのかも決まっていない電車に乗り込んだ。

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世界をつくる描写 きせのん @Xenos

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