寝床に潜むもの

齊藤 車

寝床に潜むもの

 毛布に包まりベッドでくつろいでいた。


 夜も更けてきた。本格的に寝る準備をしようと、毛布の中から身を起こした。


 その瞬間、人差し指と中指の股のあたりから、裂けるような痛みが左腕を駆け上がった。筋をやってしまったのかと思った。


 指の股に目を凝らすと、小さな点のような跡がある。よく見なければ分からないくらいのほんの小さなものだった。ただこれが、こんなにも不安な痛みを生むものだとは思えない。


 幸い駆け上がった痛みは突き抜けて消えたようで、余韻のような違和感を残すのみとなっている。


 経験のない症状に不安になりながらも、ひとまず寝支度を整える。


 気にしているからだろうか、妙に指の股が痛痒い。触りすぎてしまったのかうっすら赤みも帯び始めている。


 しばらく様子を見てみると、触ったり引っかいたりでできる赤みとは明かに異なる赤みが広がっていく。痛痒さに痺れのようなものも感じ始めた。


 ダニにでも噛まれたのだろうか? いや、ダニにしては痛みの規模が大きすぎる。


 かつて経験したことのない症状に、ヒアリやセアカゴケグモのような外来生物をイメージしてしまう。


 しかし、それが何であれ、間違いなくこの寝床には何かが潜んでいるはずだ。


 恐る恐る布団を引き剥がし、犯人を探し出す。


 ――何もいない。


 毛布の端と端を持ってバサバサと振ってみる。


 ――それでも、何も現れない。


 腫れてはいないものの、見たことのない赤みが、点を中心にさらに広がり始めている。神経をなぞるような痺れも強くなっている。何もいないは嘘である。


 安心できる空間が、恐ろしい危険な空間に変わり果てた。正体が分からなければ大丈夫なのかどうかも定かではない。


 何度も毛布を振りなおすが、犯人は一向に現れない。


 夜ももう深い。予備の布団を引っ張り出してしのごうか、などと思案していると、視界の隅に異変を感じた。


 白い壁紙に、うねうねと嫌悪感を刺激する赤黒い紐のようなものが、なまめかしく蠢いていた。


 壁に近づき、汚れや目の錯覚でないことを確かめる。


 これがなぜ寝床に潜り込んでいたのか、なぜ起き上がろうと手をついたタイミングでその真下にいるのか。悪運の強さに現実を呪った。


 素手ではさすがに触れない。捕獲できそうなものを探して一瞬目を離す。しかし、これが大間違いだった。


 壁を這っていた犯人の姿が忽然と消えた。まるで初めから存在していなかったかのように消えてしまった。床にもいない。


 正体は突き止めた。だからこそ、今ここで何とかしなければ安眠は訪れない。


 再び姿を捉えるのに、さらに三十分ほどの時間を要した。今改めて考えても、どこにどう潜んでいたのか全くもって分からない。気が付くと、また同じ壁に貼りついて蠢いていた。


 何はともあれ、もう逃さない。一瞬たりとも視線を外すことはない。


 そして僕は、何重にも重ねたティッシュペーパーを使って捕獲した犯人を、ベランダから渾身の力で放り投げた。高校時代、野球で鍛えた強肩は伊達ではない。


 僕の勝ちだ。一時間弱の消耗戦の末、平穏と安眠を取り戻すことに成功した。




 しかし翌朝、布団の中で大量に増殖した犯人たちが、体中を這いまわる悪夢で目が覚めた。それ以来、忘れかけた頃を狙うかのようなタイミングで、夢の中に姿を現すことがある。


 戦いは、終わっていない。しかも、かなりの劣勢を強いられている。


 布団に潜ろうとする度、痛みの記憶が蘇り、「また何か潜んでいるのではないか」と、一瞬ためらってしまう。




 今晩眠るあなたの寝床には、何か潜んではいないだろうか?


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 近況ノートに『犯人』の写真を投稿しております。

 ご覧になる際は自己責任でお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/users/kuruma_saito/news/16818792438891474323

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