海の王と誓約の花嫁
満月をも覆い隠す、大きな影。
それは。
「ひ、ひぃっ! か、海竜!」
「なんで! 海竜は飛べないはずっ」
私を抑えつけていた兵士たちが悲鳴を上げた。
【さあ、姫……こちらへ、おいで】
その『声』は、確かに、その竜から発せられていた。
「あの……小さな、竜?」
とても今は「小さな」なんて言えない大きさだけど。
逃げ惑う兵士の手を逃れた私は、吸い寄せられるように、竜に近付いた。
そっと手を伸ばして、その大きな鱗に触れる。
弾力があって、滑らかで……あの竜と、同じ感触。
「バカなっ!? 翼のある海竜だと?!」
遅れて神殿から出できた男が、愕然とした声で叫ぶ。
翼のある海竜……どこかで聞き覚えのあるフレーズ……と思ってから、それがこの国の紋章であることを思い出した。
「翼のある海竜……伝説の……海竜の王様……?」
【姫……あなたのおかげで、我が翼が力を取り戻した】
戸惑っていると、海竜が首で掬い上げるようにして、私を背に乗せた。
そのまま、空に飛び立つ。
最初はしがみついていたけれど、海竜の翼の間に収まるように座ると、思いの外安定感があって、私は力を緩めた。
【海竜の王が代替わりする時には、大地の恵みを持って慈愛を与えてくれる誓約の乙女の存在が必要なのだ】
「大地の恵み……あ、あの果物?」
飛びながら、海竜は誓約について話してくれた。
【あれは美味かったが、要はあなたが健やかに成長していればそれでよいのだよ。大地の恵みと、慈愛の心を得て、真の王として力を得ることができるが、それを望まぬ邪悪なものも多いのだ……それゆえに、誓約の乙女が成長するまで、海から遠ざける必要があった】
「もしかして、それが予言の、本当の意味?」
【……しかし、時期がきても、誓約の乙女は、隠されたままだった……我は、あなたを探して
「だから、あんなに小さな体に?」
【竜は、力の消費を抑えるために、体を変えることができるからな……だか、おかげであなたの慈愛を受けることができた】
「そうね……最初からこんなふうに立派な姿だったなら、畏れ多く感じてしまったかもしれません」
【本当ならば、人型に転じて会いにいくはずだったのだよ……歴代の王は、そうして乙女の心を射止めてきた】
「射止め、て……?」
【誓約の乙女を花嫁とすることが、最も善き形であるとされている……だが、絶対ではない。私を救ってくれたあなたの、一番望む未来を、あなたに捧げたい】
「……花嫁になるかどうかは、今は、決められません。ただ……」
【問題ない。まずは……海に、連れていって、だったな? その願いを、叶えよう】
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海辺にある、「翼のある海竜」を紋章とする国があった。
その娘を得て王になろうとした男がいたが、国の守り神である海竜の王が姫を救いだし、どこかへ連れ去った。
男が先代の王を
けれど、姫は帰って来ることはなかった。
人々は、語る。
海の王と誓約の花嫁は、海の都で幸せに暮らしているのだ、と。
そして、海が荒れそうな時は、果物を捧げるとよい、と。
この国の船は、必ず果物を積み込むようになり、海竜の加護を得て、安全な航海が出来るようになったと、伝えられる。
禁海の姫と迷い竜 清見こうじ @nikoutako
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