高架の裏に

二ノ前はじめ@ninomaehajime

高架の裏に


 高架の裏側にはお化けがいた。

 大きな道路を両断する形でコンクリートブロックの橋脚きょうきゃくそびえ、車の流れを見下ろしながら電車が走り抜けた。狭い空には架線かせんの細い糸が幾筋いくすじも通っていた。

 私たち三人が登下校するときは、いつもその高架の傍らを通り過ぎた。ランドセルを背負いながら、決まって顔を揃えて横を見上げた。

「今日も黒手くろてがいやがらあ」

 仲良くしていた男の子の一人が言った。彼は鼻っ柱が強く、半袖に短パンという格好をしていた。よく駆けずり回ったり喧嘩をするためか、いつも頬や膝に絆創ばんそうこうを貼っていた。

「でも、昨日とは少し姿勢が違うかも」

 小太りの男友達が声を潜めた。内気で、もう一人の子とは正反対の性格をしていた。何かの拍子にズボンが少しずり落ちて、腰のゴムを引っ張り上げていたのを覚えている。

 私はその黒い影に視線をそそいだ。明らかに高架の材質とは異なる、生物的な輪郭を帯びた何かが裏側に張りついていた。一言であらわせば、人間の片腕だろうか。ただし高架線路の幅に迫るほど太く、五メートル以上の長さと途中の橋脚を避ける柔軟性をあわせ持っていた。

 頭部にあたるだろう、人の手によく似た部分は、高架の裏を折り畳んだ指の先で叩いた。

 登下校の風景に異物が紛れこんだのはいつからだろう。気づけば、それがいるのが当たり前となっていた。初めて目にしたときは騒ぎになったか、記憶が定かでない。高架の裏側に張りついている黒い影を横目にしながら、昨日のドラマの話や学校での出来事を話した。

 暗黙あんもくの了解で、学校や家ではその怪物の話をしなかった。家族に言っても信じてはもらえなかっただろう。学校でも同じことで、頭がおかしいと言われるより秘密を共有する方を選んだ。

 今にして思えば、自分たち以外にも見えている人間はいたのではないかと思う。その高架沿いの道を登下校に使っている生徒は他にもおり、低学年の子がうつむきながら足早あしばやに通り過ぎるのを見た記憶がある。犬の散歩をした飼い主が突然怯え出すペットに困惑していた。

 その異形いぎょうに目をそむければ無害であり、日によって多少位置や指の形が違うだけで危険な目には遭わなかった。腕白わんぱくな男友達は、黒い手の指の形に沿ってじゃんけんをした。内気な男の子は刺激するのが怖くて、必死に止めた。高架裏の黒い腕は、何も反応をしなかった。

 自分たちの身に危険が及ばなければ、子供というのは慣れていくものだ。高架の裏側に張りついた手のお化けは日常の風景であり、雑談の種にしかならなくなっていた。

 そういう慣れこそ最も危険なのだろう。

 悪戯小僧が小石をぶつけてみようと提案した。小太りの少年は猛反対をした。私はどちらでもなかった。ただ周囲の目を気にした。大人に見咎みとがめられたくない。だったら人気ひとけがない時間帯にしよう。もう一人の男の子の反対を押し切り、彼は放課後の少し遅い時間に決行することにした。

 夕焼けを受けて、高架線路の伸びた影が道路に落ちていた。今朝と同じ場所に黒い腕は張りついていた。眠っているのだろうか。弱気な少年は腰が引けながらも、仲間外れが嫌で悪戯に加わった。腕白な少年は手頃な小石を拾っており、手の中でもてあそんでいた。人気がなくなる時間帯を見計みはからっていた。

 不意に人通りが途絶えた。その瞬間を逃さず、少年は大きく腕を振りかぶった。私は線路の向こうから列車の先頭車両が迫ってきているのを視認していた。投擲とうてきされた石は放物線を描いて、黒い腕の手首あたりに命中した。

 高架下に小石が落ちる音がかすかに響く。私たちは喉を鳴らした。黒い手は一瞬だけ身震いをした。そう見えた。やがて何も起きないことに拍子抜けして、場の緊張がやわらいだ直後だった。

 高架の下から中空へと、黒い輪郭が伸びてきた。獲物を捕食する軟体動物に近い動きで、私たちの眼前に手が広がった。爪だと思っていた部分は人間の歯となっており、手のひらの中に大きな口らしいくらい空洞があった。さらのその奥には、縦長の目がこちらを凝視ぎょうししていた。

 愚かな子供たちが指に呑みこまれる直前だった。甲高い警笛けいてきが鳴り響いた。黒い手の動きが止まり、同じ軌道を描いて高架下まで縮んだ。通過する列車を追いかける形で、指の歯を打ち鳴らしながら遠ざかっていく。

 しばらくのあいだ私たち三人の影は棒立ちになり、弾かれたように駆け出した。その日以降、遠回りになっても高架のそばを通ることはなかった。



 よくよく思い返せば、不自然な点がある。

 列車の警笛に命を救われた。ただ、あの線路の途中で警笛を鳴らす理由がなく、今まで聞いたこともなかった。

 もしかしたら、列車の運転士は知っていたのだろうか。黒い腕の存在を。

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