よこしまな祈り

沼モナカ

「どうぞ、こちらに」

 安アパートの一室にうむ、と頷いて玄関を通る男の姿。

 自称霊媒師の沖は、この部屋に一人暮らしをしている若い女に一瞥をする。

 瑞々しい肌、それとはなく豊かな胸、そして良い顔立ちをしている。

 心の中で舌なめずりをしながら、沖は部屋の隅々を見渡してみる。

 家具やぬいぐるみもあるが、それよりも圧倒的にゴミが山積みになっている。

 女も見てくれは良いが、そこまで器量良くはないのだ。

 今、沖の頭では霊の事よりも、依頼者の女からどれだけ金品を巻き上げて、性交に何時間ふけられるかで一杯である。

 なので、必然的に場当たり的ないい加減な仕事を行う。

「このぬいぐるみが詰まった棚を見ろ。ここに良くないモノが溜まっている」

「え!? そうなんですか!?」

「うむ。これは大変に危険だ。我のお祈りで今から綺麗にしてやろう」

「ちなみにおいくらですか?」

「うぅむ。これは大変に危険だからな。10万円ぐらいだな」

「ええええ!? 私の生活費!? それじゃ今月があ…」

「ならば呪われた部屋で生活して良いのか? このままだと天国へ行く事が出来なくなるぞ?」

「ううう」

「よし、ならばこうしよう。この後ホテルに一緒に行くのだ」

「は? は!?」

「わかったな!!!!」

 これで女は黙った。困惑した女をよそにいよいよお祈りに取り掛かる。

 それで終わればしめたモノ。女は頂けるし、遊び仲間に紹介すれば、酒も奢ってもらえるだろう。まさに一石何鳥だ。

「オンガカカッテー インカワアッチャー アアアー ハー」

 この後の事で頭が一杯で、沖の真言はいい加減の極みであった。何なら前の節でさえもすぐさま抜け落ちている。

(よし、やったぞ)

 沖は心の中で勝利宣言をし、いざ女に勝ち誇った面を向けたその時であった。


 女の様子が明らかにおかしい。

 全身が強張り、口がわずかにウゴ、ウゴと動かしている。

 更におかしいのは女の目。殺意の様な、嘲りの様な、はたまた呪いの一瞥か。

 ビクン!っと沖の脳が震える。


 沖、沖


 頭の中で声が反芻する。

「え? え? 何? なにこれ?」


 沖、女を食え、女の肉を食え


「やめろ!! なんだよこれえ!」

 いい加減な祈祷は霊を払えるのか? 違う。返っておかしな何かを呼び寄せただけである。

 僧侶の様に修行を積み重ねてもいなければ、祈祷家のように正しい技法も知らない。

 生兵法は大怪我の元とはよく言ったものである。

「あ、あ、あ」

 沖はふらふらとアパートの外へと出ていく。邪霊が大量に待つ、街の中へと。

 倒れている女の事も忘れて。

 なんてことは無い。邪なる存在達への贄が一人出てきただけだ。

 ただ、それだけの結果。

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よこしまな祈り 沼モナカ @monacaoh

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