雨音の雑貨店『月の雫』と、秘密の処方箋

神海みなも

トラック1 雨と夜と小さな灯火

//SE:優しく絶え間なく降り続く雨音。


//SE:時折、店の軒先につるされたチャイムが雨粒に当たって「チリン…」と澄んだ音を立てる。


//SE:古い木製のドアを開き、カランコロンというベルの音が響く。一歩中に入ると、雨音は少し遠くなった。


//SE:雨の音は遠くなったが背景でBGMのように常に雨音は流れている。


(店の奥から顔だけを出し応対する店長のみどり)

「あら、お客さん? いらっしゃい。どうぞ、中へ。薄暗いから足元、気をつけてね」


//SE:彼女がカウンターの奥から出てきて、ゆっくりと近づいてくる。柔らかいローブが擦れる音と、床を歩くスリッパの足音)


「私は店長の翠よ。ここは『月の雫』。私が営んでいる小さな雑貨店よ。あなたは……、ううん、名前は、あなたが言いたくなったらでいいわ」


「外は『涙雨なみだあめ』だったでしょう? 触れると心が少し温かくなる、この街特有の優しい雨。ふふ、変わっているでしょう?」


「でも、長く当たりすぎると、かえって心が冷えてしまうのよ。ずいぶん雨に濡れてしまったのね。そのマントすっかり重くなってしまっているわ」


(翠はあなたのマントを脱がし暖炉の近くのコート掛けに掛けた)


(暖炉からは時折パチパチと薪が爆ぜる音が心地よく響く)


「この街は谷の底にあるから、一度雨が降ると霧と一緒に空気に溶けて、なかなか乾かないのよ。それに、この涙雨はただの水じゃないからね」


「『空に棲む優しいドラゴンが、地上の人々の悲しみを思って流す涙』、なぁんていう言い伝えもあるくらいなの。みんなの心の寂しさを吸い取ってくれるドラゴン……。だけれど、その分、身体の熱を少しだけ持っていってしまうの」


(そう言うと、翠は1度カウンターの奥に行くとタオルを持って戻ってきた)


「あらあら、肩も髪もすっかり湿ってしまっているわね。きっと芯まで冷えてしまったでしょう」


「風邪をひく前に、はい……これを。きれいなタオルだから遠慮しないで使って。山羊のミルクと特別なハーブで作った石鹸で洗濯したものよ。とっておきの柔らかさなんだから」


「ハーブとミルクの甘い香りがほのかにするでしょう? とても吸い込みがいいの」


//SE:ふかふかのタオルを渡してくれる。衣が擦れる音。


//SE:頭をゴシゴシする音。


「うん、そうそう。まずは髪からね。……あら、うまく拭けないの? 指先が、かじかんでしまっているのね。長い間、雨の中を歩いてきたから無理もないわ」


「ふふ、しょうがないわね。ほら、ちょっと失礼するわよ。じっとしていて、私が拭いてあげるから」


(彼女がタオルを持ってあなたに近づく)


//SE:あなたの頭上で、布が優しく髪を叩く音。ごしごし、というより、ぽんぽん、という柔らかい音。彼女の吐息がすぐ近くに感じられる。


「あなたの髪、とても綺麗な色をしているのね。光に当たると、きっとキラキラ輝くのでしょうね。こんなに濡れてしまって、可哀想に。……あら、小さな葉っぱがついてるわ」


(頭についた葉っぱを取る彼女)


「これは……、『道標の葉』ね。旅人が道に迷わないように、森の木々がそっと髪に付けてくれるお守りの葉っぱ。あなたは森にも愛されているのね、ふふ。……うん、よしっ……と。だいぶ水気がとれたかしら?」


(困った表情であなたの顔を覗き込む翠)


「うーん、顔色があまり良くないみたい。長い旅でお疲れなのでしょう。目の下に、うっすらと影が見えるわ。きっと、あまり眠れていないのね」


//SE:あなたの頭をなでなでする彼女。


「それに、その瞳の奥……。何か、とても重たいものをずっと一人で抱えているような、そんな色をしているわ」


「よかったら、なにか温かいものでも飲む? ちょうど今、月見草の葉と茎を煮出して、特別なコーディアルを作っていたところなの」


「身体の芯からぽかぽかして、旅の疲れも和らぐ不思議な飲み物。昨日の夜、谷の向こうの崖にだけ咲く、特別な月見草を摘んできたの」


「満月の光をたっぷり浴びた月見草は凝り固まった心を優しくほぐしてくれるのよ。崖を登るのは少し大変だったけど、あなたを癒やすことができると考えたら、摘んできてよかったって心から思うわ」


「……ふふ、飲むでしょ? その瞳が飲みたいって言っているわ。じゃあ、暖炉の前のソファーに座って、少し待っていてくれるかしら。すぐに準備してくるから」


//SE:彼女が少し離れていく足音。陶器のポットやカップを準備する、カチャカチャという心地よい音。


//SE:しばらくして彼女が戻ってくる足音とトレーに乗せたポットやカープが触れる音が近づいてくる。


(あなたは店内を見渡していると、それに気付いた彼女が話しかけてくる)


「棚に並んでいるのは山で採ってきた薬草に、手作りのポーション。そして川で拾った綺麗な石がいくつか。壁に掛けてあるのは遠くの街から来た行商人さんから購入した不思議な品物なのよ」


(彼女が近くのテーブルにトレーを置き準備をしながらさらに続ける)


「ポーションやお守りなど、暮らしに役立つものを取り扱ってるの」


(彼女が棚の方を指でさす)


「ほら、そこの棚に並んでいる小瓶はね、『夢の欠片』が入っているの。眠っている間に見た楽しかった夢を、朝露一緒に閉じ込めてあるのよ。悲しいことがあった日に枕元に置いておくと、優しい夢が見られるって評判なの」


「そしてその隣の淡く光っている丸い石は「月光石」。涙雨が降る夜にだけ、そうやって光るのよ。持っていると道に迷わなくなるって言われているわ」


「ふふ。今はただ、この雨音と、暖炉の火の弾ける音。そして店の中に広がる香りを、ゆっくり楽しんでちょうだい。だんだん気持ちが穏やかになってくるから」


//SE:雨がしとしとと屋根に当たる音。暖炉の火の音。そして温かい液体をカップに注ぐ、とくとく……という音が静かに響く。


「はい、どうぞ。少しとろみがあって、蜂蜜のように甘いのよ。火傷しないように、ゆっくり飲んでね」


//SE:カップをあなたの前のテーブルに、そっと置く音。


(不安そうに顔を覗き込む彼女)


「どうかしら? お口に合うといいんだけど……。そう……、よかった。ふふ、気に入ってくれたみたいね。ほら、身体が温まってきたでしょう? 頬に少しだけ赤みが帯びてきたわ」


(顔を覗き込みながら彼女があなたを見つめる)


「あなたの瞳、とても綺麗な色をしているのね。でも、その奥に深い疲れが見えるわ。まるで、長い間ずっと張り詰めていた糸が切れそうになっているみたい。きっと、色々な場所を旅して色々なことを見てきたのでしょう」


「楽しいことも、辛いことも、たくさん。その心が少しでも軽くなるように、……うーん。……そうだわ!」


(彼女の顔にぱっと笑顔が咲いた)


「あなただけの特別なポーションを作ってあげましょうか。雨の夜にこうして私の店に来てくれたのも何かのご縁だもの」


「それに、私は困っている人を見ると、放っておけない性分なの。よく、おせっかいだって言われるのだけど。えっと、ご迷惑かしら? ……そう? ふふ、あなたは優しいのね」


「あ、お代はいいの。その代わりに、あなたの旅の話をいつか聞かせてくれないかしら? よく外にポーションの材料などを収集に出かけるのだけれど、この街を出たことがないのよ。だから……ね!」


「ほんとに!? じゃあ、決まりね。まずは、あなたの心の色を少しだけ私に見せてくれる?」

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