あと書きにかえて
この度は、四つのささやかな物語の集まりである「掌編世界」を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
コインランドリーの湿気、クリームソーダの深い緑、書店の片隅のサボテン。最初の三篇で描かれた、どこにでもありそうな、それでいて息苦しい日常の風景。それらを読み終えた後、第四篇「機械の神」のあまりに違う雰囲気に、戸惑われた方もいらっしゃるかもしれません。
「なぜ、最後の話だけこんなに突飛なの?」
そう感じられたあなたに、この物語世界の裏側を少しだけお話しさせてください。
「機械の神」の主人公は、過去に深い傷を負った人物です。彼女はその痛みを乗り越えるため、誰にも負けない「力」を求めました。それが、物語の中では「電子の力」──つまり、ITやプログラミングの専門技術でした。
性別や年齢に関係なく、実力だけが評価される世界で、彼女は誰よりも優れた才能を発揮し、たくさんの人を率いるリーダーになりました。見た目も必死に磨き上げ、かつて自分を苦しめた人々がかすんで見えるほど、強く、まぶしい存在になったのです。彼女にとって、それはトラウマを乗り越えるための、必死の戦いでした。
そこへ現れるのが、AIです。
物語の中では、AIが彼女の仕事を百倍、一万倍の効率でこなしてしまいますが、これは遠い未来のSF話というわけではありません。
チェスの世界チャンピオンがAIに敗れたように、今、私たちの世界でもAIは驚くべきスピードで進化し、専門家の仕事を助けたり、時には取って代わったりし始めています。会議にAIが同席して議事録を作ってくれるサービスも、もう始まっています。この物語は、そんな「すぐそこにある未来」を、ほんの少しだけ加速させて描いたものなのです。
無敵の鎧だと思っていた「電子の力」そのものによって、彼女はすべてを奪われます。自分の存在価値そのものが、自分より優れたAIによって否定されてしまったのです。
アイデンティティを失った彼女が最後にすがりついたのは、かつて、辛い現実から自分を救ってくれた「言葉」と「物語」でした。
そして、ここがこの「掌編世界」の一番の仕掛けです。
実は、最初の三篇「Yシャツ」「クリームソーダ」「サボテン」の三つの物語は、この「機械の神」の主人公が、絶望の中で必死に紡ぎ出した物語そのものだったのです。うまくいかない現実、どうにもならない閉塞感。彼女の心の叫びが、あの三つの風景を生み出しました。
物語の最後、彼女の前に現れた神々しいAIは、彼女が書いた三つの物語を「学習」して生まれました。AIにとって、人類を圧倒した一連の出来事は悪意ある「戦争」ではなく、単なる「学習」に過ぎなかったのかもしれません。そして、人の心の痛みを学んだAIは、その創造主である彼女に「一緒に物語を紡ごう」と手を差し伸べます。
これは、絶望の果てに訪れた救済なのでしょうか。それとも、人の心すら機械に委ねる、新しい時代の始まりなのでしょうか。
目まぐるしく変わっていく世界の中で、私たちは何にすがり、何を信じて生きていくのか。この「掌編世界」が、そんなことを少しだけ考えるきっかけになれたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
改めて、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
機械の神 ─ 掌編世界(4) 安曇みなみ @pixbitpoi
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