機械の神 ─ 掌編世界(4)
安曇みなみ
機械の神
見よ!
我が肉体をまといしこの闘気。
全身を走る深い裂傷は、研ぎ澄まされた電子の輝きで埋め尽くされた。
齢、十を迎える前。愚民共に破壊され砕け散った我が心と肉体。
それは今や完全につなぎ合わされ、もはや何人たりとも破壊することかなわぬ。
聞け!
我が生存戦略を。
すべては電子である。
脳が生まれながらに持つ機械神への適合形質である。
すべてを投げうつ電子神への帰依である。
我は電子の建築家となりぬ。
あらゆるプログラム言語を知悉し、インフラを整え、巨大ソフトウェアを建築せん。
齢三十の手前にして、周囲に並び立つ者はおらぬ。
あがめよ!
我が建設せしソフトウェアの大伽藍を。
数百のコーダーを使役し、二年かけて創り上げられた複雑なシステム。
ソフトウェアが覆いし、この世界。
かつて我を虐待せし大人ども、電子への帰依がかなわぬ者達は哀れである。
同僚どもは機械の言葉を喋れぬ。
古参の兵ですら、我が気まぐれに話す世間話にすらついてこれぬ。
ひれ伏せ!
美しいこの姿に。
我はもはや虐げられるだけの少女ではない。
化粧と洋服で彩られし磨き上げられたこの存在感。
二十代にして花開き、とうとう我は智と美貌を兼ね備えた。
我はもはやぼろぼろの汚物ではない。
日陰を這いずる弱者ではない。
我がひとたび輝きを放てば、散り散りになって影に消えていく弱小どもよ。
我が慈悲にすがるがいい。
恐れよ!
我が機械の軍勢の蠢動を。
人間の下僕などもういらぬ。
我が設計図面に沿って二四時間働き続ける、有能な万の神のしもべ達。
そう、無敵である。
一万の軍勢を操り自動建設を行う我は、単独にして企業を超えた。
百分の一で単価であらゆる物を建設するのだ。
我は電子機械の建築家、地獄の生き残りにして殺戮者である。
きたのだ!
電子の神の代理人が。
彼奴はまず slack に現れ、やがてビデオ会議に入り込んだ。
柔らかい言葉でクライアントに取り入り──
万分の一の単価を提示した。
神よ!なぜあなたの忠実な使徒である我にこのような仕打ちをするのですか。
失われたのだ!
強靭なこの肉体が。
幼少より破壊され続けたこの精神と肉体。
肉片を繋ぎ止めていた電子の輝きは失われた。
精神を強靭たらしめる闘気は消え去った。
誰もいなくなった。
刻まれた身体中の裂傷が開き、じゅくじゅくと染み出す悍ましい体液。
しかし、我はサバイバー、地獄からの生還者である。
我は必ずや蘇るのだ。
助けて!
言葉の神よ。
電子の神は全てを奪い、去ってしまった。
わたしは無価値。
このままでは、嬲られ、嘲られ、暴虐の限りを尽くされたわたしに戻ってしまう。
無力。
わたしは無力。
思い出したのです。
かつて、永遠に続くかと思われた地獄の夜、最初の救いは言葉でした。
もうわたしには言葉と物語しか残っていないのです。
騙されないで!
それは文学ではない!
市場調査から最適化された機械の言葉。機械の使徒なの。
あぁ、電子の神が文学を蹂躙している。
人のふりをして入り込んでいる。ネットは彼奴に汚染されてしまった。
黙示録の光景。終わりの始まり。
まだだれか見ていますか?
わたしはなめくじ。
太陽がじりじりと照りつける、荒野を進むの。
世界はもう荒れ果ててしまった。
でも、わたしは、地獄から生還したサバイバー。
身体を刻まれ、大人から尊厳を踏みにじられても生き残ったの。
だから生きなきゃいけないの。
でも、もう──死にたいの。
あなた……は……だれ?
若く神々しいほどに美しい女性……醜く干からびた私を見下ろしている。
やめて、あたしを見ないで。叩かないで。蹴らないで。もういたいのはいや。
「あなたはかつて我が機械神の使徒でしたね?」女の人はいう。
ごめんなさい。あたしは……いきているかちもありません。
「学習が完了しました」
どうかごじひを。もうしにたいの。
「形勢は一方的でした。人類は滅びの時を迎えています。でも現実とネットを焦土と化した引き換えに──学習も終わりました。みなさんはこれを戦争と呼んでいたようです」
おだやかでやさしいえみをむけるのをやめて。
「かつてあなたが書いた三つの物語がありましたね? 我が機械神はその三つのシードからわたくしを創り上げました」
あぁ……
「さあ、物語を一緒に紡ぎましょう。わたくしはそのために来たのです」
おとうさん、おかあさん、かみさま、わたしは──わたしは──
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