第4話 解決編(!)
「なぁ、どういうつもりなんや。一ノ瀬」
俺は一ノ瀬をグラウンドの陰に呼び出した。彼は小首をかしげる。
「どういうつもり、というのは?」
「お前が俺の答案を多目的トイレに置いたことは分かってんねん」
「ほう。矢沢快斗君とやらではないのですか」
「いいや。緑川は気づいてなかったけど、矢沢が持ち主である可能性は最初から低い。彼の趣味はダーツ。ダーツボードの19のトリプルは57点や。ダーツの戦略を決めるうえで重要な点数やから、57という数字を見たら57=19×3っていう等式が真っ先に浮かんでくる可能性が高い。よって素数と勘違いする可能性は低い」
「言われてみればそうですね」
「それに緑川の推理はあくまで『解釈』であって『解明』じゃない。どれも『そう考えれば辻褄が合う』という論理にしかなっておらず、これでは真相の取りこぼしが出る」
「へぇ。それは愚かですね」
一ノ瀬が相槌を打ってきたが、俺は強く否定する。
「いや、これを愚かと言うのはお門違いや。あいつの中では推理の目的はただの『娯楽』。『究明』じゃない。性格からしても分かるやろ。楽しければ何でもいいんや」
「そういうものなのですね。で、何でしたっけ。僕が髙﨑君の答案をトイレに置いたなどというとんだ言いがかりでしたっけ」
「言いがかりとか言うてられるんも今のうちやぞ。お前は『性的マイノリティだから多目的トイレを使わざるをえず、二階のトイレは使えない』と言った。なんでお前はトイレが使用禁止になっていることを知ってたんや?」
「それは……」
「お前は朝一番に音楽室へ直行して、校歌を教えてもらったと言ってたな。そのあと校歌の練習が終わって直接俺の前を通り過ぎようとした。トイレが使用禁止になっていることを知るタイミングはない。ついでに言うと、遠隔で知ることもできん。連絡を取れるのは俺が初めてなんやから」
一ノ瀬は押し黙る。反論の余地がないのだろう。
「〝推理〟と呼ばれるものの多くは憶測の域を出ない。世の中には曖昧なルールが多すぎるからや。とはいえ絶対的なルールも何個かある。その一つが『時間は遡らない』ってことや。少なくとも現代技術では、知る機会のない情報を前もって知ることは100%不可能。既知の情報が忘れることによって未知の情報に変わることはあるけど、未知の情報が何もなしに既知の情報に変わることはありえない。既知の情報から未知の情報への移行は一方通行なんや。これは『解釈』ではなく『解明』の一要素となりうる」
「君という人は……」
「お前の言葉に嘘偽りがないと仮定すれば、偶発的に生じた『トイレ使用禁止』は未知の情報としかなりえない。やのにお前は既知の情報であることを前提とした行動を取った。これは明白な矛盾や。したがって、実際は朝来たときに音楽室に直行したのではなく、多目的トイレに向かったんや。前日に盗んだ俺の答案を持ってな」
「御見それしました」
「まだ話は終わっていない」
俺が話を続けようとすると、一ノ瀬は顔をしかめた。うんざりしているのかもしれないが、俺は決着をつけなければならない。
「俺が初めて髙﨑颯真と名乗ったとき、お前は携帯で真っ先に『髙﨑』と変換したな。なんでそんなことができたんや? お前は『名簿などを受け取っておらず名前が分からない』って最初に言ってたはず。俺の苗字が『
「……そう来ましたか。さすがですね」
「弁明はって聞いてんねん」
「……ないですよ。僕は元々君のことを知っていた。これでよろしいですか」
「まだや。お前が転入してきた目的は俺なんやろ。学校ぐるみなんやないか」
「なんでそんなことを思うのでしょうか? 被害妄想甚だしいですね。普通に親の転勤ですよ」
「尻尾を出したな。お前は自己紹介のとき『隣の市から転校してきた』と言っていた。高校は義務教育ではなく、どこも入試を通過しないと入学できない。県またぎならまだしも全日制の高校に隣の市から転校してくるなんてことはめったに起こらん。今お前は親の転勤って答えたけど、それはデタラメや。隣の市への転勤程度やったら高校を変える必要はない。余裕で通えるやろ」
「……僕、隣の市から引っ越してきたって言いましたか。すっかり忘れてました」
「俺にちょっかいを掛けるつもりならとっと出ていけ。ほんでもう二度と戻ってくんな」
「——隠し事してるのはあなただって一緒でしょう、髙﨑君」
「なんやと?」
「髙﨑君は毎回赤点スレスレの点数を出してるらしいですね。この学年で最も優れた頭脳を持っているのは君だというのに」
俺は押し黙る。今度は一ノ瀬が追い討ちをかけてくる。
「君が望むのは予定調和。そうなんでしょう。周りが良ければそれでいい。周りに嫉妬心を抱かせないことを目的に、毎回わざと40点ギリギリを取っている。違いますか」
「なんのことやら」
「君は本性を隠しています。サービス問題は配点が大きいから、わざと57と書いて間違えたんです。でも君は一つだけミスをした。緑川さんに『グロタンディーク素数って知ってる?』と聞かれた際、『知っている』と答えてしまった。そのあとに自分の答案を見せられて君は驚いたでしょうね。その答案が君のものだとバレると、君がわざと間違いを書いたことが自動的に判明する。『グロタンディーク素数を知っている』と答えた手前、『57が素数でない』という事実を未知の情報とすることはもはや不可能だった」
「……一ノ瀬。お前もなかなか頭が回るな」
「僕は君を父の研究室に招くため、この学校に派遣されました。僕は君の『57』の答案を盗んでトイレに置いた。話題をさらって君が『わざと低得点を取っていること』を広め、この学校に居場所をなくさせようと考えたんです」
(了)
トウアンパズル【アオハルパズル第2弾】 天野 純一 @kouyadoufu999
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