「キャンディ」「薄氷」「白手袋」
放課後の理科準備室は図書室よりも静謐で冷たく、それでいて居心地がいい。氷の情動が揺蕩うその場所が、ぼくらの聖域で、温室だった。
浜之先生はいつも、放課後になるとここに来て緩やかに仕事をこなす。書類仕事なら職員室でも良いのに、以前聞いたら「うるさいから」という一言。それは、学校という場所にいるなら当たり前のことではないのかと思ったけれど、多分違う。数学の先生と体育の先生がひたすらに話をしているから、そのことを言ってるのかもしれない。あの二人は、本当に仲が良いことで有名なのだ。
どれくらい仲が良いかというと、それはもう。左手に同じ指輪をつけ始めるくらいには。飽きないのかなって思うくらいに、帰る時も一緒だったりする。
でも好きな人なら、飽きないのかも。
美人は三日で飽きるとも言うが、それはつまり、内面をわかっていないから。お互いをよく知っていけば、美人だったとしても飽きないんだというのがぼくの理論。
だって、浜之先生はこんなに鼻筋も細く通っていて、ロリポップキャンディを咥えている唇は薄く、芸術作品のような柔らかい陶器を想起させる顔だ。みんなは、全然笑ってくれない先生をつまらないと言うが、わかってない。
準備室でぼくの課題や受験勉強を見てくれる先生は、よく観察するとたまに目を細めて、ステンドグラスの影のような美しさを手元に落としながら笑ってくれている。いつも、生命を吹き込まれた大理石の彫刻なのだろうなと見蕩れてしまう。ほとんど肌の露出がないその隠された柔肌がチラリと見える度に胸が高鳴る。その白手袋をきちんと整列している歯で咥え、するりと中身を引き抜いただけで顔が熱くなる。なんて婀娜婀娜(あだあだ)しい一挙手一投足なのだろう。
ぼくと先生は、去年から薄氷の上で言葉と視線を交わしている。このスケートリンクは全ての音を吸い込んで、無音にしてしまうのだ。
それが、ぼくにとってこの上なく脆くて、心強い、首の皮なのだ。
首の皮膚は脆く弱いと先生はぼくの喉仏を白い手袋越しに触りながら話してくれたことがある。顔の皮膚よりも3分の2ほど薄くて、ほんの少しの刺激にも弱い。人間には急所がたくさんあって、それを全面に曝け出しながら生きている、奇妙な生命だと笑っていた。
なんだか、その時の先生は、簡単に人類を捕食出来るのにそれをしない、よその星からこっそり来ている生命のように見えた。
その時にもらった、薄い葡萄と桃のマーブル模様が綺麗なキャンディの包み紙を、ぼくは御守りの中に入れている。
卒業しても、ずっと。
三題噺 雨月 紫 @rainiell_rgn
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