いにしえの姫に捧げし月の旋律――雲隠れの心の転調は光かがやく月を迎えん
- ★★★ Excellent!!!
月に叢雲の十五夜に、月の姫と交わす幻想的で美しい物語。
日々終わりのないピアノの練習に嫌気がさし、日常から飛び出した主人公の神月奏乃。雲隠れの存在として月の見えない夜道を歩いていると、一際美しい一人の女性と出会うのです。彼女は日本最古の物語で登場する姫そのものでした。
十二単の衣を離し、文明の利器に身を委ねる姫。いにしえと現代との隔世の感に興味を抱き、生き生きと描かれている筆致が斬新かつ新鮮に映ります。
また、彼女もまた月の都でのしきたりに嫌気がさし、この地に舞い降りたという経緯を奏乃と重ね合わせることで、読者に親近感を抱かせる構成美が光ります。
終着駅に着いたふたり。その近傍に安置された一台のストリートピアノ。ピアノの音色を知らない姫を気遣い、奏乃は彼女のために自らを律して奏でることに。
心が離れかけたピアノ――姫からの月の光に照らされる鍵盤と指先に心地よさを覚えると、不思議なことに奏乃の心に変化が。
ピアノが好きだった頃の気持ちが去来し、忘れていた心が蘇るのです。この心理的な転調が夜空の雲を払い、満月を美しく迎えるシーンは幻想的です。
しかし、満ちる月は別れのサイン。儚く照らされる光のもと、姫は月に帰らなければなりません。
私も貴方の光に照らされた。大丈夫。私はもう、孤独じゃないから。
お互いを光で照らし合い、思いを高め、前向きな結びとして収束していく。かけがえのない出会いと別れを包んだ十五夜と、涙の抱擁で再会を信じ合う爽やかな読後感は胸を深く打ちます。
月の光が私たちを照らす限り、願いの星に思いをよせて。
星の違う微笑ましいふたりが、幸せの先に相まみえんことを。