第7話 Bye Bye


 日吉の結婚式からしばらくして店は繁忙期を迎えた。シフト制とはいえ、ぴったりの椅子を選んでくれる店員がいるとどこかで噂されたのか、僕個人の呼び出しも増えて、その分残業や早出が続き、店と自宅を行き来するだけの日々が続いていた。


 ベイクオーターは今日も人で溢れかえっている。若い層を狙ったカフェ空間や、ペット同伴も可能なカフェ、ファミリー層に過ごしやすい中庭と、幅広い需要に応えた点が人気なのだろう。そして僕は今日も、そんなショッピング施設の一角でインテリアを売る仕事をしている。


帷子かたびらくん、上がっていいよ。今日もごめんね伸ばしちゃって」


「いえ、この時期はもう仕方ないですよ」


 店長は感謝を述べながら僕から受け取った帳簿を見て、それから目を白黒させて僕と帳簿を何度も交互に見た。こういう時、誇るべきなのだろうか、それとも謙遜けんそんすべきなのだろうか。とりあえずは、淡々と報告をしておくことにしよう。


「売れましたよ、テーブルランプが」



 店を出て改札に向かう途中、ふと思い立って僕はポルタの地下街へと足と向けた。


 休日で賑わう人ごみに沿うように歩き、やがて見えてきた一軒の花屋の前で足を止める。色とりどりのブーケと季節のおすすめが書かれた黒板で彩られた店頭をまじまじと眺めていると、横から声をかけられた。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げると、エプロンをつけた女性店員がにこやかにそこに立っていた。僕は店の奥に目を向けた後、彼女に尋ねる。


「あの、高田たかださんって人がここにいたと思ったんだけど」


「すみません、高田たかだは先日退職しまして……何か御相談事をされていましたか?」


「そうですか、いや、であれば良いんです。またきます」


 僕は女性店員に会釈して店を離れた。ちらりと花屋を見ると彼女はまだ僕のことを見ていたが、やがて首を傾げた後、店に戻っていった。



 高田たかださんは、どこに行ったのだろう。そして、どんな決意をしたのだろう。



 またいつか、偶然彼女に会えた時、あの頃とまではいかないまでも、溌剌はつらつとした姿で、新しい自分のありかたを見つけて、幸せに生きてくれたらと思う。



 もしできれば、僕が贈った彼女にぴったりのウィンザーチェアと一緒に。




   了

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ベイクオーター・バックレスト 有海ゆう @almite

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