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ジャムにする


 ある日、林檎をもらった。

 箱にぎっしりと入ったそれらは、僕たち家族で消費するにはとても大変な量で、受け取った時点で「これはとてもやっかいだぞ」と思った。

 初めは切り分けては家族でしゃくしゃくと音を立てていたが、次第にそのペースも落ち、林檎を出すことも、剥くことも億劫になっていった。この寒い時期だから廊下にでも置いておけばしばらくは保つだろうと保管場所を外に出したのも相まって、朝出かけるたびに置かれた林檎の箱を見ては「ああ、また忘れてしまった」と思い出し、帰る頃には仕事終わりの疲労と子供の世話疲れもあって林檎を剥くことも忘れて寝入ってしまっていた。

 そうこうしているうちに林檎は次第に初めあった瑞々しさを損ない、見ても分かるくらいに柔らかく、皺が現れるようになってしまった。年老いたように廊下の箱で食べられることもなく項垂れる姿を見ては「あの時食べてやっていれば……」という後悔を抱かされた。

 いよいよ弱り始めた林檎を見てどうにか彼らを廊下の置物から果実として蘇らせたいと思い、加工方法を考えた結果、浮かんだのはジャムにすることだった。

 ダメになっていた箇所を切り取って、細かに切り分け、塩水にさらし、鍋に放り込んで、大量の砂糖とふた匙ほどのレモン汁と共に火をかけた。カチカチ、と点火した火に当てられて次第に林檎からは果汁が滲み出て、レモン汁の酸味と合わさった甘酸っぱい香りが部屋に広がっていく。

 弱りながらも包丁を入れて顕になった林檎の断面はとてもみずみずしく、キッチンの白色灯の下で凛として輝いていた。カットし、研磨した鉱石のようにてらてらと輝いていたそれは今、鍋に茹でられながらその身を崩し、また違った光沢を得て輝いていた。

 とろりとした飴色のそれらを瓶詰めにして一つ一つ並べていく。
 その身の美しさと甘いところだけを封じ込めたジャムの瓶は、照りを得て煌々と輝いていた。大切な宝物を閉じ込めたみたいなそのジャム瓶が冷めるのを待ちながら、僕は切れ端の林檎を一口齧る。

 しゃく、と音がして口の中に甘みが広がる。

 本来の食べ方ができなくてごめん、と謝りながら、僕は冷めてきた彼らを冷蔵庫にしまっていく。

 冷えてもっととろみがついたら、焼きたてのトーストに塗って食べよう。

 美味しく食べてあげるから、どうか、許してほしい。

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