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望郷


 何かを生み出す時も、触れる時も、その表現や作品のどこかに潮の匂いを感じるものに自分が惹かれているのを最近特に自覚するようになった。

 生まれ育った地が海に面していたこともあるのだと思うけれど、自分の生きる場所について深いこだわりを思ったことが実はあまりないのでこの感覚は意外だった。

 仕事の関係で一人暮らしが決まった時も、結婚をして住居を帰る時も特にこだわることもなかった。逆にいえば地元で仕事を見つけていたら今もそこに住み続けていたかもしれない。つまりは流れで住居を離れるとしても特海に執着している意識はなかった。

 ただ作中に出す時、海という存在は一つキーワードとして現れることが多いし、音楽を作る、歌詞を描く、映像を撮る時にまず海辺で何かをしているイメージを浮かべることが多い

 思えば学生時代の間、僕は実家からの生活を続けていたし、その度に見るのは駅前から見える鈍色の空と海だった。軍港(別に出生地を隠す必要はないのだけれども)だったこともあってか、毎日のように見える海はさして美しいものではなかった。ただ、潮の匂いだけはいつもしていて、風はいつも生ぬるくて塩気があった気がする。

 初めて一人暮らしをして、海のない土地に降り立ってから再び実家に帰る時、駅の改札を通り過ぎた時に感じたあの潮の匂いに、ホッとしている自分がいた。

 これは多分、望郷に似たものなのだろう。

 穿った視点ではなく真っ直ぐな視線でもって何かを生み出す時、この望郷の想いをそっと偲ばせると、なんとなくこれまでよりも描写の中に温度というのか、湿った感触がする気がしていて、前だったら敢えて削除していたその温度感や湿度感を残すようにしている。そうすることで、自分の描写にもこれまでとは違った味が出るんじゃないかと思って。

 そんなことを書いているうちに久し打ちに実家に向かいたい気持ちになってきた。車ではなく電車で。あの改札を通り抜けた先に待ち受ける潮風を浴びたい。匂いを嗅ぎたい。

 あ、一つだけ海に対して強く思うことを思い出した。

 もし自分が死んだ時は、海に散骨がしたい。



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