梅雨が好きか、と聞かれると正直好きだし、嫌いでもある。
曖昧だけれど、そういう答えになってしまう。
屋根を打つ雨の音とか、静けさの中に細やかな寂しさを置いていくところとかは好きだ。だが同時に、おそらくこの好きは、家の中にいるからこそ感じられるものだ。
一度外を出れば靴はおろか上着やカバンすらも濡らし、風が吹けば傘は持っていかれ、あっという間に全身を濡らしてかかる。ひどく厄介な存在だ。
ただ、それでもこの雨という存在を嫌いになりきれない理由は、雨の後に晴れた空の清々しさがあるのだろう。
むっとした湿度と残ったペトリコールを嗅ぐ時、そこにかつてあった青春を感じられる気がする。この雨の先にある晴れやかな空の美しさが見たい。だから好きであり、嫌いでもある。
「レモンサワーの雨が降る」を書き始めた頃は、丁度梅雨の真っ只中だった。
湿気に満ちた部屋の片隅で、ミシマとヨドノは生まれた。
詳しく言えばかなり以前に短編を書きたくてもらった「梅雨」のお題で執筆途中だった物語に、二人とワンルームは存在していたのだけれども、そこから先は全く違う代物になったから、やはり正式に生まれたのは去年の梅雨になるのだろう。
ミシマとヨドノ。この二人がどうなっていくのかは、最終話を書くまで本当に分からなかった。
はじめあった簡単なプロットから二人は駆け回り、そして他の登場人物たちも次々に飛び出すものだから、接木のように何度も何度も二人の辿り着きたい方向を探る。毎話が彼らとの対話のようなものだった。
物語については、もし何かの機会に、何かの手違いでこの近況ノートから入った奇特な人がいた時の為、詳しくは何も書かないでおくことにする。
ただ一つだけ言えることは、終わり方はとても綺麗に着地できたので安心して読んでもらいたいということ。(勿論、改稿したい気持ちも強くあるけれど、仮に改稿しても大筋と結末はこのままだと思う)
改めて長編を書く機会ができて良かったし、書ききれて良かった。どこかで途絶えるんじゃないかと思っていたから、最終話に辿り着いた時は、満足感なのか、安心による虚脱感なのか、とにかく全身の力が抜けた。
ただ次は何を書こうか、と既に考え始めている自分がいるので、良い刺激になったことは間違いないと思う。
固くなった蛇口をこじ開けたみたいに、創作へのワクワク感を感じている。
次も早めに出せたらいいな。そうしてまた、色んなキャラクターと、そして読者のみなさんと出会って、色んな旅ができたら、きっと楽しいだろうな。
そんなことを思いながら、長い長いレモンの香りのする梅雨を締めることにする。
また次のお話でも会いたいです。
よかったら一緒に、旅をしませんか。
【執筆中に支えてくれた曲】
希望のうた / 阿部芙蓉美
斜陽 / cinema staff
旅をしませんか / 空気公団