いっぱい、いっぱい

隅田 天美

ビターな関係に甘いお菓子

 石動肇を闇社会に叩き落とし、そこで生き延びる術を叩き込んだ平野平秋水。


 ポー・スポークスマンの捨てた命を救い、盟約を交わした猪口直衛。


『そんじゃ、俺たちはJA直売所でやっている物産展で野菜を買ってドライブするから、家の留守をよろしく』と秋水と猪口は、平野平家の屋敷に呼び出したと思ったら、石動とポーに命令してとっととナディアで家を出た。


 

 広い屋敷の居間に日本人と西洋人が二人っきりだ。


 ポーから見て、石動は母国の王女を奪い、厚かましくも間に子を成した。


 むろん、それは、暴君による虐待や浮気などの肉体的・精神的疲弊から逃すためだったのは理解できる。


 だが、ポー自身も王女だったナターシャに恋をしていた人間として、当初は石動に対して恨みにも似た感情を持っていた。


 最近では猪口の命令で彼の持つ天稟てんぴんの才と妻への愛にだいぶ薄らいでいるが、複雑な感情なのに変わりない。



 石動肇からすると、ポーと言う元とはいえ『世界一の狙撃者』の登場はいささか面食らった。


 普段は落ち着いた英国紳士風だが、闇の世界に一歩足を踏み入れれば冷酷無比な狙撃者になる。


 とはいえ、最近では人付き合いも増えて、人間らしい笑みや、時々照れも出てきた。


 ただ、妻の話をしようものなら再び冷徹な目になる。



 約一時間。


 特に変化はない。


 今日は秋水の息子、正行は遊びか修行か、家にいない。


「……暇だな」


 石動は独り言のように言う。


「確かに」


 ポーも独り言のように同意する。


「ちょうど、三時前だ。簡単だが、何か軽いものでも作ろう」


 そういいながら石動は立ち上がる。


「いいのか、他人の台所を拝借して?」


「ここの台所は多くの弟子が色々な食材を置いて行く。多少、失くしても分からないさ」


 石動の言葉にポーは目を少し丸くした。


 ポーも立ち上がる。



 数分後。


 居間の卓には、普段魚などを乗せる角皿に白と茶のきらきら光る菓子らしきものが乗せられていた。


「何だ、これは?」


 ポーの問いに石動はあっさり答えた。


「パンの端、日本ではパンの耳と言っているが…… それを焼き魚グリルで乾燥させバターを塗り、砂糖をかけた」


 断りもせず、ポーは一本手に取り口に入れた。


「『パンの耳ラスク』…… か?」


 今度はポーが石動の前にマグカップを置いた。


 自身にも似たようなマグカップが置かれている。


 石動が中をあらためると黒い。


 そのかわり、甘い香りがする。


「チョコレートドリンクだ…… 冷蔵庫の中に板チョコと牛乳があったから拝借した」


 一口、礼を失さぬよう石動が飲む。


「…… 甘いな」


 その言葉に作ったポーは何を思ったか、再びパンの耳ラスクを持ち、マグカップの中に入れた。


「甘いな……」


 それを口に入れてポーは呟く。


 石動も真似する。


「確かに甘い」


 二人はしばらく、無言で食べる。


「俺は『霧の巨人ミストジャイアント』…… つまり、平野平秋水から貴様は甘いものが嫌いだと聞いていたが……」


「奇遇だな、俺も猪口さん、お前の盟主から甘いものが苦手だと聞いていた……」


 全てを食べ終え、二人はお互いを見た。


 が、すぐに噴き出した。


--同じ女に惚れた


--迷惑極まりない奴がいる


--甘いものが嫌い


 結局「似たもの同士」


「あれ? 石動さんにポーさんがいる」


 大学の補講から帰ってきた正行が玄関から入ってきた。


/////////////////////////////


 その頃。


【仲の悪い二人を仲良くさせよう作戦】を決行中の秋水と猪口は直売所から直接帰らず、カラオケボックスで時間をつぶしていた。


 ただ、歌っているのはほぼ秋水で新旧アニメの主題歌だらけだ。


 猪口は無心の目で手拍子をしたりサイダーを飲んでいた。


 ようやく、喉が渇いて秋水はマイクを置き、ほとんど氷の解けたジョッキのウーロン茶を一気飲みした。


「どーしたんですか? 渋い顔しちゃって? 何か、歌います?」


 秋水が猪口にマイクを渡そうとする。


「いや、いいよ…… でも、急用とはいえ帰ったら即組織の壊滅を頼むってのが気が引ける……」


「だから、仲の悪い石動君とポーを仲良くさせるために、こうしているんでしょ?」


 事実、車の中には直売所で買った野菜が入っている。


「俺と正行も参加する何時ものパターンですよ」


「でも、だから、お互いが反目したらだめでしょ?」


 秋水の言葉に猪口が反論する。


 その反論に自他ともにも認めていた世界一の傭兵は胸を張って答えた。


「なぁに、男同士の友情なんざ本人同士でしか分かりません。周りがいくら働きかけようが意味はないです」


 

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いっぱい、いっぱい 隅田 天美 @sumida-amami

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