第2階
僕にはもう、浮世と幽世との境が分からなくなっていた。代わり映えしない風景と、基準値以上の心理的負担とが僕にまぼろしをみせていた。二本目の大きな松を越えたとき、亜香理は再び声を取り戻した。
「ごめんなさい、私やっぱり君が好きだって叫びたい」
「僕は叫び返さないよ」
耳元で力なく囁く亜香理。体温は低い。だが確かに話している。もしかすると、単に仮死状態となっていただけなのかもしれない。途端に、見合わない代償を背負うべきなのかとも思いだした。死んだかと思えば生き返るような人間だ、それは確かに気持ちも海原のように変化するだろう。もしここで、彼女を捨てるとなると、いつかはまたセンチメンタルなひと時を持つことになるのか。自分の危ない部分をまたもや日常へ持ち帰っているに過ぎないというのに。このまま憲兵どもに彼女に引き渡したとしても、それまでの平静は戻ってこないのは明々白々。
殺そう。折り合いをつけようとする弱い自分を。
「え、なに」
リュックサックをおろすようにして。ためらいをも捨てて。
マウザーの音とともに、ようやく人影が背後からぞろぞろと現れだした。きっと彼らはこちらの様子を覗っていた。僕を貶めようとでもいうのか。他者というものがいる限り、いつまでも居心地は悪いらしい。
インスタントな花園 綾波 宗水 @Ayanami4869
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