第1階

 瘴気に触れるとネックレスは崩壊する。それは人体への最後通牒として年々、受け継がれてきた代物だった。

「こんな時に限って、懇願するような目をするなよ」

「だって、サヨナラはまだ早いよ」

 彼女にとってはたった一人の男なのだ。未だに僕という存在は。だからこそ、抑えが利かない衝動とやらで、禁忌の森へと踏み込んだ。その代償を彼女は血で払う。しかし、なぜ僕まで。それは彼女と因果があるからか。

「私の目の中に居て。お願い、いつまでも」

「……そのために、危険を冒して追いかけてきたんじゃないか」

 不思議と僕には不快感がなかった。人間とは絶えず不快を拭う為に心臓を鼓動させる生物なのだが、僕には倦怠感すら起きなかった。彼女の血に濡れたことで、僕は詩を免れたのかもしれない。巫女の穢れなき血潮は死と再生を意味する。

「今こそここに千年王国を築こう」

「そんなの無理だよ。あと数分だもん。でも……もっと深くまで連れていってほしい」

 死を前にして、それでもなお人間は真理を求めるというのか。ゼロサム・ヒューリスティックは、人間の繁栄と滅亡を司る大いなる罪悪なのだ。

「行こう、できる限り遠くへ」

 僕は彼女の血を滴らせながら、おぶさり、歩みだす。ざくざくざくと落ち葉は沈む。どれくらい掘れば土が見えるのだろう。僕らの間にも会話はなくなってきていた。ただ一応は同じ方向へと進んでいるだけで、一心同体なのか、それとも居ても居なくても変わらない他者となったのか、とにかく僕は足を動かした。

「こんなに力持ちだったんだね」

 それが彼女の最期の言葉だった。誰もあとからやってくることが無く、監視されているのかもはや分からない。


〚○%×$☆♭#▲!※□&○%$■☆♭*!:%△#?%◎&@□!〛


「彼らはついに扉の前までたどり着こうとしている」

「またしても人類は楽園から進んで出ようというのか」

「生を代償にしてまで、愛を証明したいの。それが人間という動物」

「彼らは愚かなのではない。そう進化したのだ。かつて地球の支配者だった彼らは、花畑には満足できようもない」

「きっと私たちを殺すわよ」

「そうだろうとも。あるいはそれも一興だ。我々は人間とは違って自死を選ぶことができないのだから。人間への祝福にして呪いとなる自由意思という妄言は、かつてピラミッドすら建造させたのだからな」

「あの男は英雄ですか、それとも哀れな奇人なのですか」

「二者択一ではない。民衆にとってはな。ほら、見たまえ、足をくじいてもなお亡骸を捨てはしない」

「偶発的な血清作用を神の思し召しとでも言い換えるのだろう。どうするね、瘴気をプラスするかい」

「私にも感情があったのだ、ははは。この乾いた笑い声を忘れさせない泉が。私は彼が扉を破り、真理を知った時の絶望と自棄を観たい。それが私の最期の視野角情報であったとしても」

「あるいは少女を生き返らせてみるか」

「悲劇はあの男を腐らせはしない。冷笑には本物の喜劇喝采を浴びせるのだ。ああ、少女を蘇生しよう、それが良い。ああ、あまりにも素晴らしいアイデアじゃないか。神話だよ、これは。神話というものが彼を一代の英雄でなくならせ、扉の碑文を彩る装飾へと昇華されるのだ。そうだ、権威的保守主義と実存主義との競争なのだ。彼は今自らの脚でもって人生を書き換えんとしている。まだ見ぬ裏側にいる長老を踏み越えていくのか、それとも打ち砕かれ、新たなるメンバーとなるのか。体系なき人間を捨て、大いなる因果律の歯車となれ、男よ」

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