俺たち湘南剣道部

飯田太朗

俺たち湘南剣道部

 高校時代、僕の学校は兼部が可だったので、いくつか部活を掛け持ちしていた。

 それでも僕は一応、剣道部がメインだった。本当はフェンシング部に入りたかった僕はひょんなことから中学時代と変わらない剣道部に。正直やる気もへったくれもなかったが、どういうわけか僕らの学年は「当たり年」。県内から強い生徒が集まっていた。

 といっても所詮は公立。たかが知れていたけど、でも僕らの代は強かった。

 当時神奈川県は私立の桐蔭とういん高校と湘南工科大学附属しょうなんこうかだいがくふぞく高校の二強。そこに公立の川和かわわ高校が入ってスリートップなんて呼ばれていた。

 で、僕たちが高校一年の時。

 一年生大会というのがある。各校一年生だけを集めて試合をさせる。まぁ名前通りのやつ。

 僕たちの高校に剣道部一年生は五人。本当は八人いたけど、夏合宿で三人辞めた。剣道の団体戦は先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人で戦うので僕たちのチームには交代の選手がいなかった。誰か一人でも怪我したら不戦敗。そんな緊張感の中で挑んだ。

 結果から言うと、その大会では県内に激震が走った。全くのノーマーク、弱小校だった僕たちが勝ち上がったからである。

 僕のいた神奈川県立湘南高校はそれほど強くない。県大会でも一回戦を超えるか超えないか。ところがだ、この一年生大会で、僕たちの世代は四試合も突破してベスト8に進出した。

 しかも、三強の一角、公立の雄、川和高校を下したのだ。

 結局、僕たちはその大会で優勝した桐蔭高校に僅差で負けてベスト8止まりだった。でもそんな桐蔭高校との試合でさえ、大将戦に勝敗がもつれ込む大接戦。桐蔭高校は僕たちとの試合以外全てを10-0(剣道の試合は二本先取×五人なので、一敗もしなければ十点とれる)で勝ち抜いてきたので僕たちが喰らい付いたのはめちゃくちゃ意外だったに違いない。

 さて、そんな僕たちのメンバーを紹介しよう。それぞれめちゃくちゃキャラが立っているので、漫画みたいに楽しめると思う。名前は一部字を変える。僕は「飯田」のまま出そうかな。念のため、一部フェイクを入れる。


・先鋒

 黒田正吾くん

 僕たちの世代ではもう一人の矢澤くんと並んで大将格に強い選手だったのだが、僕たち湘南高校は「相手チームの出鼻をくじいて試合ペースをこちらに持っていく」作戦だった。なのでいきなり最強格の彼を先鋒に、ということになった。スピード感ある試合が得意な速攻タイプで、相面あいめんという、面と面の早撃ちみたいな技が得意だった。硬派で、女嫌い。その後剣道部部長となる。イケメンで、あとで紹介する矢澤くんと並んで「ヤザクロ」なんて呼ばれていた(ここだけの話、腐女子たちにナマモノネタにされているくらい『ヤザクロ』はイケメンかつ美味しいコンビだった)。


・次鋒

 飯田太朗

 僕。黒田くんと仲が悪かった。厳格な日本男児っぽい黒田くんに対し僕はチャラチャラヘラヘラしていて気が乗らなければ女子にも負ける。剣道部女子にも「黒田がゾロなら飯田はサンジ」とか言われるくらい。だからだろうか。黒田が負けると喜び勇んで戦場へ行く。そう、僕は黒田が先鋒戦で負けた際の保険役。実際黒田も妙な信頼はしていたみたいで、「安心して次を任せられた」とか言っていた(僕は『うるせえ黙って勝て』とか言っていた)

 引き技や返し技が得意で、相手の正面からくる技をどうにか誤魔化してつばり合い→引き技の流れが定番だった。


・中堅

 塚原大史くん

 体が大きく動きが遅いので黒田くんみたいな速攻型にぶつかればボコされまくる。ただ、足腰が強いので肉弾戦になったときに負けない。そして何故か、格下には負けるくせに妙に格上に強い。桐蔭高校戦でもまさかの2-0勝利(のちに『桐蔭の奇跡』として後輩に讃えられる)。学年でもトップ10に入るくらい頭がよく、会計係として部にお金を持ってきていた。小手面などの二段技が得意で、がっしりした体格で相手の出鼻技を潰してから二本目で叩く戦略が多かった。部内に彼女がおり、よく男子更衣室でおせっせしてた。


・副将

 中川翔吾くん

 みんなも知ってる「飯田の元相棒」。一緒に小説家の夢を追いかけた。

 さておき、剣道の方の腕は折り紙つき、「ヤザクロ」に負けないくらい強かった(『ヤザクロ』は見た目のこともあって注目されることが多かったが、実力面では黒田、中川、矢澤の三強だった)。

 どういう足腰をしているのか、追いかけ回され退いているような状況でもいきなり飛びかかって反撃するので、「びっくり箱」なんて通り名もあった。

 そういうわけもあってカウンター系の技が得意。先輩たちも僕たちの試合動画を分析するときに「中川だけ勝つ理屈がわからん」なんて言っていた。背が高いので被せるようにして技を打てる。そのくせ細かい技術も得意。チーム一のテクニシャンだった。


・大将

 矢澤友幸くん

 かなりのイケメン。学年でも人気が高かった。彼目当てに入部した後輩女子もいたくらい。

 前述の黒田と並んで「ヤザクロ」なんて言われていた。試合の傾向は……外見上は「王道の正面突破スタイル」。固く構えて隙を作らず、ジリジリ焦らして相手が崩れたところに打ち込む。

 ……と、見てくれはいいのだが、一度手を合わせるとわかる。嫌がらせが得意なのである。こちらが仕掛けようとすると剣先で牽制してくる。こちらが動かないと剣先でちょっかいを出してくる。そろそろ分かると思うがなかなか性格が悪……小狡……賢い。

 反面、引き技に弱いので飯田みたいなタイプが苦手。一年生大会前に僕に引き胴(鍔迫り合いから引き際に相手の胴を打つ技)の対策を訊いてきた。

 ちなみに今はNHKでアナウンサーをやっている。朝イチに出たこともあるよ! 


 結局、僕は「黒田が部長になるなら辞める」と二年時に退部。僕たちの学年は四人になってしまったので、後輩のエースをチームに入れることでその後の大会に挑んでいたのだが、やはりこの一年生大会の時が一番成績が良かったらしい。

 中川くんとは退部後も仲が良く、彼が怪我をして大会に出られなくなった時もリハビリのトレーナー役を買って出たし、ご存じのとおり一緒に夢を追いかけたし。この五年くらい仲違いをしていたけど、また一緒に飲むくらいには関係性が改善されたし。

 たまに懐かしく思う。多くの一年生が辞めていった夏季合宿。それを乗り越えたのが僕たち五人だ。先輩に隠れて部室でやったスマブラ大会。試合後にみんなで食べたガリガリくん。語り合った夢。練習後の気だるさ。

 今でもたまーに夢を見る。眠りの底、夜の闇の中で。

 一年生大会という戦場を、五人で駆け抜けたあの日のことを。

「……いいか、ぶちかますぞ」

 黒田くんのそんな掛け声で戦ったあの日のことを。


・第一回戦

 相手の高校名は忘れた。だが僕の記憶の限りだと塚原くん以外が勝った。僕は二本とって勝った。黒田くんも前に二本とっていたので、試合前半で大方流れは決まっていた試合だった。


・第二回戦

 黒田くんが1-2で負けた。ざまあみろと思った。僕が2-0で勝った。塚原くんが引き分けたので、勝負は後半戦へ。だが中川くんと矢澤くんはそうそう簡単には負けない。後続二人が安定した結果を出して勝利。


・第三回戦

 川和高校と。まず幸先よく黒田くんが1-0だか2-1だか、とにかく一点差で勝った。僕も似たような成績で勝った。二点先取、だが塚原くんが二本負けで同点。中川矢澤は崩れまい……と思ったが、中川くんが苦戦した。勝負は矢澤くんにもつれ込んだが、彼が堂々の2-0勝ちで勝利。ここで大会内に激震が走った。川和が負けた。相手は? みたいな。


・第四回戦

 ベスト8戦。優勝校の桐蔭高校と。

 黒田が2-1で勝った。よっし、このまま勝ち越すぞと思った僕はめちゃくちゃ体格がいい相手にボロ負け。僕の、「初手を誤魔化して引き技返し技で対処」という作戦が通用しない超重戦車アタッカーで、何度か突進を喰らって尻餅をついた。0-2負け。

 一点負け越している状況で塚原くん。相手は、なんと県内でも有名な選手。正直、試合開始の挨拶の際に「なんでお前が中堅にいるんだ」と思ったくらいの相手で、こいつ対策のためにも僕は一点でも多く取っておきたかったのだが……。

 しかし、なんと。

 塚原くん、試合開始一分以内の二本勝ち。2-0勝利。

 正直この時めちゃくちゃテンションが上がった。後は中川矢澤だろ? 勝てるんじゃね? 

 だが中川くんも矢澤くんも1-2負け。


 その後、桐蔭高校の優勝となったのだが、スコアを見てほしい。桐蔭はほぼ全ての試合を10-0で勝っているのだが、僕たちの試合だけ7-6で接戦の末の勝利だったのだ。県内の多くの学校からマークされた。だが、気持ちいい視線だった。

 試合後、先輩たちからめちゃくちゃに褒められた。他のエッセイでも書いたが、僕と中川くんはそもそも辞めるつもりでいたのでこの大会の成績のせいで却って辞めにくくなってしまった。

 さて、この大会でチームの結束は強まった……というわけでもなかった。相変わらず僕は黒田くんと仲が悪いし、塚原は彼女とおせっせするし中川くんはマイペース、矢澤くんは性格がわ……ひねく……賢かった。

 ただ、この頃から僕は双極性障害の嫌いが出ていたのだろう、冬季になるとダメになった。特に年末年始がダメダメ。そんな僕を見兼ねたメンバーが年明けにみんなで遊ぼうと言ってくれたのだが、あの時の僕は最悪で、それを断ってしまった。

 それから色々あって、僕は辞めて。

 青春は、終わった。


 今はみんな、それぞれの道を歩んでいる。

 黒田くんと矢澤くんは名前で検索すれば顔が出てくるようなポジションに。

 塚原くんは医者になったのだが、外交官の夢が捨てられず官僚に(マッチングアプリに登録しても『元医者の外交官』なんて肩書きが嘘だと思われてしまい全然マッチングしないらしい)。

 中川くんはとある大企業で人工知能の研究を。

 障害者雇用で年金もらってついでに月収二十万くらいの事務員をやっている僕なんか、並んじゃいけないくらいの人たちに、みんななってしまった。

 でもあの頃は、間違いなく、みんなで並んで、戦った。

 その記憶だけ眩しくて、僕はたまに、目が眩むのである。


 了

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