怪獣が好きな女の子
志草ねな
怪獣が好きな女の子
「お母さん、この回覧板、フローリアさんの家に持って行っていい?」
「ありがとう、お願い。私、どうしてもフローリアさんは苦手で……」母は申し訳なさそうだったが、結菜はむしろ嬉しかった。
「こんにちは、フローリアさん。回覧板持ってきました」
「あらー、結菜ちゃんいらっしゃい。お茶でも飲んでいかない?」
ドアの向こうから、「怪獣」が姿を現した。
地球が星間連合に加盟してから、もう三十年。地球外の星からの移住者は、日本でもかなりの人数となった。
モンナ・フローリアも、KI―GU星から五年前に、夫の仕事の関係で、一家で移住してきた。
KI―GU星の人間は、固いうろこのような肌や大きな牙、尖ったしっぽなど、地球人から見ると「怪獣」のようである。それ故に、結菜の母のように、人間として接することが生理的に受け付けない者もいる。
だが、結菜は違う。彼女は、怪獣が大好きなのだ。
母からは「高校生にもなって、しかも女の子が怪獣なんて」と言われるが、好きなものは何と言われても好きだ。
怪獣の出てくる特撮作品は、日本のものは大体観た。海外のものも観た。現在は他の星にもそれらしいものがあると知って、そちらにも手を広げている。
フローリア一家が近所にやって来た時、十一歳だった結菜は、怪獣みたいな彼らと仲良くなりたいと思った。そのため必死で星間連合の共通語を学び、十五歳で連合共通語一級を取得した。今では何の問題もなく会話できる。
もちろん、「怪獣みたいだから好き」というのは内緒だ。怪獣好きの結菜でも、さすがに失礼だとはわかる。
フローリアの家にお邪魔し、お茶を飲んでいると、二階からもう一人「怪獣」が現れた。
モンナの息子、スタール・フローリアである。年齢は、結菜と同じ十六歳。
「スタール君、こんにちは!」結菜が笑顔で挨拶する。
スタールはちらりと結菜を見ただけで、何も言わずに二階へ戻っていった。
「こら! ちゃんと挨拶しなさい! ……ごめんね結菜ちゃん。うちの息子本っ当に無愛想で嫌になるわ」
「いえ、そんな」
「最近なんて部屋には絶対入るなって言うの。まったく中で何やってるんだか」
しばらくの間、モンナとのおしゃべりを楽しむ結菜であった。が──急にトイレに行きたくなった。
「……すいません、お手洗いお借りしてもいいですか?」
「ああ、トイレは二階のつきあたりだから」
結菜は何度かこの家を訪れているが、いつも客間ばかりだったので、二階に行ったことはない。壁の装飾や間取りなど、物珍しくてあちこち眺めてしまった。やはり、KI―GU星人の文化は地球のそれとはまったく異なるようだ。
「あ、ここだ」
この時、結菜は気づかなかった。結菜が「つきあたり」だと思ったドアの隣には、壁と全く同じ色のドアがあった。つまり、これはトイレのドアではないということに。
「……え?」
ドアを開けると、中には十人ほどのKI―GU星人がいた。皆、透明なケースに入っており、その目はどこも見ていないかのように虚ろだった。そして、体のところどころの色が奇妙に変化していた。
誰一人、生きていなかった。
何、これ。なんで、こんなことになってるの。この人達、誰。
あまりに衝撃的な出来事に、結菜は叫びをあげることもなかった。頭が追い付かなかったため、恐怖という感情すら出てこなかった。
その時、結菜は部屋の中に、妙なものを見た。いや、地球人の結菜にとっては本来「妙なもの」ではないはずだし、そもそもこの部屋が奇妙すぎるのだが、KI―GU星人の死体の中にあっては妙な、それは。
地球人の、少女のようなもの──。
カチャ、と音がして、この部屋の隣にあるトイレのドアが開いた。
中から出てきたスタールが、隣の部屋の前で呆然としている結菜に気づく。
「グガァァァァァァ!」スタールが叫びながら、結菜のほうへ向かってきた。
「ぎゃああああああ!」結菜は悲鳴を上げ、全速力で逃げ出した。
客間から「結菜ちゃん、どうしたの?」とモンナが声をかけたのだが、結菜の耳には届かなかった。
結菜は靴を履く余裕もなく、スリッパが足から脱げ、靴下のままで玄関から飛び出した。ただひたすら、走って、走って、自宅に飛び込んだ。
母に「どうしたの、何があったの」と聞かれても、泣きながら震えるだけだった……。
「部屋を見られたから怒った、だって……? このバカ! 結菜ちゃん泣き叫んでたじゃない! かわいそうに!」
モンナの怒号がスタールの部屋に響き渡り、スタールはただただ立ち尽くしている。
相変わらずその部屋を埋め尽くしていたのは、KI―GU星人の死体……ではなく、ゾンビのフィギュアだった。
スタールは地球で「ゾンビ映画」というものがあることを知って、大いにハマった。そこで自分なりに「KI―GU星人のゾンビフィギュア」というものを作ってみたところ、かなりの出来の良さに、マニアから「売ってほしい」と言われるほどになった。
「とにかく、星野さんの家に行ってお詫びしなきゃ……って、なに突っ立ってんの! あんたも行くに決まってるでしょ!」
「さ、先行って。すぐ行くから……」
スタールがその場から動けないのには、訳があった。その背後に、見られてはいけないものを隠していたのである。
地球人で、いや、女子で唯一、自分に笑いかけてくれた、
あの子そっくりに作ったフィギュアを。
(了)
怪獣が好きな女の子 志草ねな @sigusanena
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