第50話 こころは君に迷ひて止まず⑤

「チカ、すごく嬉しい。私ね、高校決めたの……チカが受験するって聞いたからなんだよ」


(あれ?)


言っても、返事がない。


チラッと横を見ると、チカはしゃがみこんでいた。


「はぁ……」


膝を抱えて、頭をうずめながら大きくため息。


「心臓に悪すぎ。くるみと気まずくなるくらいなら、言わなきゃよかったって、さっきマジで後悔した」


私も同じように、チカの隣にしゃがみこむ。


「チカ……さっきは本当にごめん」


肩を寄せて、そう伝えると、チカがぼそりと答えた。


「……ちゃんと言って?」

「え?」

「俺は、くるみのことが好きです。はい。くるみも言って」

「……」


顔だけをこちらに向けて、相変わらず頭を膝に乗せたままのチカが、目を細めてそんな風に言うから、火が出そうなほど顔が熱い。


「い…言わなくても、わ、わかるでしょ……」


チカが片方の眉だけを上げる。


「いいや、言わないとわからない。言って欲しい」


表情がちょっとだけ意地悪な感じになっている。なんか、これは、少しだけ仕返しされているような。


(うぅぅぅ…)


熱い顔を腕の中に埋めたまま、たどたどしく頑張ってみる。


「チ、チカのことが、しゅ、好きでしゅ…す」


噛みまくった上に、最後は語尾が消失した。


「……やった」


隣から、笑いを含んだ嬉しそうな声が聞えて、私も嬉しくなった。

顔を上げると、チカは、赤くなった目元のまま、少しだけ笑っていた。


その表情に、ホッとする。


「ていうかさ……なんでそんなに自信ないわけ? 私なんか、とか」


「え……」


「だってくるみ、すげーじゃん。全国で賞もらってさ、なんていうか、ちょっと大人びてるし……」


「な、なにそれ。そもそも書道ってバスケみたいにかっこよくないじゃん……」


そう言うと、チカはふっと笑った。


「俺はそう思わないけどな。筆を持ってるときのくるみは、すげーカッコいいよ」


「……ほんと?」


「ほんと」


並んでしゃがんでいたのに、気づけば自然と立ち上がっていた。


「……あのさ」


チカが手を、そっと私の方に差し出す。


「……繋いでいい?」


指先がふれる。手のひらが重なる。

きゅっと指を絡められて、心臓が跳ねた。

でも、ちゃんとまっすぐ、チカの顔を見て微笑むことができた。


――あぁ、本当にチカが好き、私。


「くるみ」

「ん?」

「これからも今まで通り、仲良くしような」

「うん……」


ちょっと恥ずかしくて、でも嬉しくて、鼻の奥がツンとしてしまった。


「なぁ」

「なに?」

「……来年も、初詣、一緒に行こうな」

「うん」


河川敷を、並んで歩く。手はずっと繋いだまま。

言葉は少なくても、あたたかさが伝わる。


自分にこんな奇跡が起こるなんて。私の前世は相当な徳を積んだに違いない。

必死で抑えていたけど、心の中では大変なお祭り騒ぎで、今にも河川敷を走りだしそうなほど、幸せでいっぱいだった。

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白と黒のビビッド~ 色づく恋は筆にのる~ けもこ @Kemocco

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