第49話 こころは君に迷ひて止まず④

インターホンを押すと、絵梨さんが出てきた。


「あら、くるみちゃん。どうしたの?」


「……あの、すみません。チカと話がしたくて」


私の腫れた目と落ち着きのない様子を見て、絵梨さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにうなずいてくれた。


「わかったわ。ちょっと待っててね」


そう言って絵梨さんが奥へ引っ込むと、チカがさっきと同じ格好で出てきた。


「チカ、あの、えっと……」


さすがに絵梨さんの前で、さっきの告白の話をするのは気まずすぎる。


「ちょっと……河川敷まで一緒に散歩しない?」


「……いいけど」


チカは低く、小さな声でそう返して、玄関横のクロークからコートとマフラーを引っ掛けて出てきた。


河川敷まで、無言のまま並んで歩く。


さっきの会話、どこからどう話せばいいのか――


ああ、コロを連れてくればよかった。無言がつらすぎて、心が折れそうになる。


土手を上りきって、少し立ち止まったタイミングで、私は勇気を出して口を開いた。


「チカ。さっきの話なんだけど……」


「もういいよ。わかってた。くるみは、俺にそんな気持ちないって」


チカは少し笑ってみせたけど、その顔はどこか寂しそうだった。


「いや、違うの、チカ。あのね――」


「くるみは優しいからさ。俺の気持ち聞いちゃって、どうしたらいいかわかんないんでしょ? もう、気にしなくていいよ」


チカは私を見ようとせずに、言葉を切ろうとしている。


「違う、違うの。ちゃんと聞いて!」


思わずチカのコートの袖をつかんで、振り返らせる。


「チ、チカは……私のことが好きなの?」


言ってから、顔が熱くなって仕方なかった。けれど、チカの頬もほんのり赤くなっていた。


「……さっき、言っただろ」


「い、いつから?」


「忘れた。……結構、前から」


むすっとしたような声で答える。


(前っていつ? コロの散歩に行き始めたあたり……?)


「でも……チカって、佐奈ちゃんと付き合ってるんじゃないの?」


その瞬間、チカの眉間にしわが寄る。


「はあ? 俺、そんなこと一度でも言った?」


「な、ないけど……でも、みんながそう言ってて……佐奈ちゃん、絶対チカのこと好きだし」


「だから何? 佐奈が俺を好きなら、俺は付き合わなきゃいけないのかよ」


チカはイライラしたように河川敷の方を向いた。


「そういう意味じゃないけど……あんなに可愛い子に好かれてて、私なんかじゃ、ありえないって思ったの」


チカは何も言わず、じっと遠くを見つめていた。


(怒ってる……よね)


まずは、謝らないと。


「チカ、さっきは本当にごめんなさい」


大きく息を吐いて、ちゃんと気持ちを言葉にする。


「“考えたことなかった”っていうのは、チカに好かれるなんて考えたこともなかった、って意味だったの。そういう存在になれるなんて、思ってなかったの」


ようやくチカがこっちを見た。


「だって……私みたいなのが、チカみたいな……か、かっこいい子に好かれるなんて、思えなかったし」


言えば言うほど、恥ずかしくて顔が熱くなる。今度は私がチカの顔を見られない。


「……くるみは、俺のことカッコいいって思ってるの?」


「そ、そりゃ思うよ。……カッコいいもん」


「どこが?」


(どこがって……全部だよ!)


「……顔、とか」


「顔かよ……」


呆れたような、照れたような、そんな声が返ってきた。


そのまま2人とも黙り込む。


ひゅうっと吹いた風が頬を撫で、私は思わず肩をすくめる。


ふわりと、チカが自分のマフラーを外して、私の首にかけてくれた。


「……こういうとこも……めちゃくちゃカッコいい、と思う」


私はマフラーに顔を埋めながら、もぞもぞと呟いた。


「こんなこと、くるみにしかしてない」


――本当に?

私に、こんな奇跡みたいなことが起きてるって、本当に信じていいの?


深呼吸する。


吸って――吐いて。


私は、勇気を出した。

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