なんどだって死のう!

冷田かるぼ

リサイクル可能になりましょう


 五月二十二日、雨上がりの蒸し暑い空気を飲めば僕は生きていられないような気がしました。


 青い翳で満たされた部屋にエアコンの風を混ぜ込みながら、僕は今日も大学をサボりました。カーテンは緑色。開けないまま、閉じられたまま。隙間から差し込んでいる日光がうざったいのですがどうすることもできずただベッドの上で眺めていました。「今日も死のうかな。」僕の独り言は、コレです。まぁ声には出さないのですが。そうしていつものように、枕元にかけてある首吊りロープに手を伸ばしました。

 なんとか起き上がり、それをトイレのドアノブに引っ掛けて、ちょうどいい角度を探します。首にかけます。肌にザラザラの感覚。ギュッと締めます。そこからは、まあ、意志。強い意志が必要です。もしくは強い絶望? わかりません。ですが、とにかく、耐えなければなりません。固く固く結んで、ロープが解けないように。解いてしまわないように。耐えていると、カハッ、と変な音だけが喉から漏れました。摩擦音。脳がじんじんとする。それは破裂音? 喉音。なんだっけ。息。あーあ変な思考回路。

 とはいえ気づけば、ロープを解いていました。

 ――えぇ、まあ。どうやら僕は死ぬのもヘタクソらしく、どうにも死ぬ一歩手前にしか行けないのです。勇気がない。死ぬ、勇気がないのです。

 だからといって困ることはありません。水は出ます。電気も通っています。一応、生活費は親が賄ってくれています。それがより一層惨めだから、僕はヤケになりました。ちゃんと死ねるまで大学なんて行かない。まともな生活なんてしない。そう決めたのです。だから毎日自殺未遂を繰り返して死んだ気にだけなっているのです。

 

 とりあえず、首が痛いので外に出ることにしました。特に理由はありません。ゴミ袋をかき分けて、適当に靴を履いて扉を開ける。その瞬間、死んだかと思いました。首を吊るより胸が苦しい。空気が重たい。暑い。湿気がひどい。太陽の光が眩しい。思えば早朝ほどまでは雨の音がしていた、ような気もします。記憶はありません。あぁ、外なんか出なければ良かった。そう思います。

 細い路地を彷徨った後、近所の商店街を歩きます。アテもなく。パジャマ姿で。適当に履いた靴を見直したら左右で色が若干違いました。似たようなものばかり、片付けずに放っておくからです。黒。二百色あるらしいそれは、僕には三種類くらいとしか思えません。僕の持ってる靴の数です。全部黒。違いは履いた回数によるくすみ度合いと言ったところでしょう。右足が少々、埃っぽい。


 下ばかり向いて歩くと首が痛いので顔を上げました。あげた瞬間電柱とキスしました。電チュー? ふざけないでください。それは別の用語。顔を拭って、また歩きます。

 視界に入ったのは道の右側に建つ、個人経営らしき飲食店のテラス。日が差して眩しい、古びた白いテーブルの上に放置された、天然水のペットボトル。時々捨てられていないものがあるよなあ。そう思いました。まるで僕みたいです。捨てられない。でも、彼らはリサイクルされる。やはり僕とは違います。

 そんなどうしようもないことを考えながら、僕はソレをじっと眺めていました。ただの、ペットボトルに見えました。が。

「やあ、ボクはペットボトル! からっぽのペットボトル。」はぁ?

 です。そんな声しか出ませんでした、というか、そんな声すら出ませんでした。長らくまともに発声していなかったためです。目の前のペットボトルが喋る、などという奇妙な状況でも、僕には叫ぶ元気がありません。

「ゴミバコにつれてって! ボク、なんどだってニンゲンのやくに立つんだよ!」そうですか。元気そうで何よりです。えぇまあ、僕とは大違いで。

 ぴょんぴょんとテーブルの上で跳ねるペットボトル。そばにあるゴミ箱。いや、跳ねることができるのなら自分で入りなさい、と言いたいところですが、ペットボトルはつぶらな瞳ならぬつぶらなプラスチックで僕をじっと見つめます。つやつやしている、と言いたいところですが、外に放置されていたからかくすんでいます、くっすくすです。笑える。

 は?

 なぜだか僕は、ソレを掴み取っていました。


 それで、走っていました。家に。

「いやいやいや、ボク、そのへんのゴミバコに」

 グシャッと軽く潰してみました。「うっ」と聞こえた気もしましたが、一旦無視しました。久々に、風を浴びています。ぬるい、風。息が、苦しくなります。走る。僕は走ります。走りました。走っています。

 現在進行形。

 

 社会不適合の肺は、部屋に着く頃にはくたくたでした。あぁ、鍵をかけていなかったようです。扉を開けて、ゴミ袋に反乱を起こされつつ、靴を脱ぐ。久しぶりの行動。

「キミキミ、べつにわざわざもってかえらなくたって……ウワきたなっ。」失礼な。

 と、言った(言ってない)あとから思いましたが、ただの事実でした。皿は随分昔に使うのをやめましたが、その時から洗っていません。洗濯物も同じくです。風呂トイレも、そうです。ゴミ出しは朝起きないのでほとんどやっていません。そう、彼のお仲間さん――黄ばんだペットボトルたちもキッチン横に放置されています。分別もされないまま。鼻炎症なのでわかりませんが、おそらくとんでもない匂いがするのでしょう。

「なんでかたづけないの?」生きたくないからです。「なんで生きたくないとかたづけないの?」さぁ。

 片付けたら、生きているような気がするから、ですか。

 自分から、ゴミが排出されているという事実から、目を逸らしているから、ですか?

 自分で答えの出せない問は考えるだけ無駄だと思うのでやめました。片付けたくないものは、片付けたくない。それだけで十分だと。

 十分なのです。

 

 掴んだままのペットボトルも、汚れたそれらの隣に並べてみました。彼は一番綺麗です。雨の中取り残されていたのにあなたはすごい。なんてことを言ったら(言ってない)彼は上機嫌になりけらけら笑いながら言いました。

「思ってたんだけどさー、キミ、しゃかいのやくに立ちたいとか思わないの?」思いません。馬鹿馬鹿しいですね。

 あざといペットボトルは声を漏らし笑い返してきました。惨めになりました。僕は役に立とうと思っても立てないのです。恐らく。身を立てること不可能なまま大学生になったのが間違いだったので大学はサボります。「うわあ、さぼりだ!」そうですね。「ボクはなんどでも生まれかわってペットボトルになってるのに!」貴方のことは知りませんが、そうですか。人間も生まれ変われるのならいいのに、ね。「ニンゲンはそうなれないの?」そうですね、僕は欠陥品なんだと思います。ほら、ペットボトルでも汚れていたらリサイクルできないじゃないですか。「へぇ、そうだね。そうなんだ。」そうですよ、きっと。「じゃあ、ためしたことはないんだね。」ないです。失敗するので。「じゃあボクとためしてみようよ!」いいですね。やりましょう、生まれ変われるかもしれないなら、死にましょう。「ボクもそうする! なんどだって死のう! それでまたペットボトルになって、みんなのやくに立つんだ!」僕も、生まれ変わったらあなたみたいなペットボトルになりたい。

 ペットボトルになりたい。

 なりたいなあ。

 僕は熔けました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なんどだって死のう! 冷田かるぼ @meimumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ